9年前に亡くなった親父の夢を、はじめて見た
夢のなかでは、親父の通夜の席らしくて、大勢の人が集まって、飲んだり食べたりしていた。
不思議なことだが、ぼくの横に、親父が座っていて、ぼくらは普通にしゃべっていた。
ぼくはトイレに行きたくなって、席を外した。
帰ってみると、親父の姿がなかった。
驚いて、あたりを探しにいくところで、目が覚めた
目が覚めると、涙があふれていた
ぼくは親父のために、はじめて涙を流した
亡くなってから9年。外ずらばかり良くて、家庭をほとんど返り見ることがなかった親父に対して、何の感情もわく事がことがなく、過した。
生前、そんな親父に文句ばかり言っていお袋は、亡くなると、ずっと泣いていた。
その姿を、子供であるぼくは、冷ややかに眺めていただけだった。
9年も経った、昨日、ぼくは親父のために、はじめて涙を流す事ができた
親父のために泣くことができて良かったと思った










![Powered by 269g[ブログ・ジー]](http://269g.jp/img/269g.gif)
わたしもそんのことあったな〜と読みながら急に思い出しました。
あっ このまえ会ったよね。
繊細で感情豊かなんですね。
子育て力は抜いて嵐のときをやりすごしま
しょう〜
私自身が、親父のことを何となく分かる歳になったからでしょうかね。
でも、今思い出しても親父のことはよく分かってないな。子供との間をつないでいたのは、母親だった。
女親がいないと、親父は寂しい存在ですね。
はじめまして…。
書き込みありがとうございますぅ〜。
ええと、望年会で、ご一緒したのかしら?
子育ての件。ありがとうございます。
あれから、大分、気分が楽になりました。
子供たちとは、いい関係になったのかもしれないなあと、思うんだね。
どのみち、上手くいけば、親の方が先に死ぬ訳でね…。じたばたしてもしょうがないですしね。
どうもありがとう。
『父は永遠に孤独である』って、
詩人の萩原朔太郎が書いておりましたね。
家庭は、女が
作るものなんでしょうね。
父は、その家庭のなかにいながら、
どこか居場所がない気分でいるんでしょうね。
子供から見れば、父親は異物のような存在でした。
きっと、今、ぼくの子供たちも、ぼくという父親を、異物のように感じているかも知れませんね。