2007年02月10日

授業参観・保護者会

 今日は娘の学校の授業参観・保護者会があったので、朝早く晴れから起きて、行ってきました。

 授業参観の科目は社会科で、ナチスドイツの時代に、抵抗運動のビラ(白バラ通信)を配って逮捕され、わずか半日の裁判の後、処刑された六人の学生のことを教材に使っておりました。

 この事件は、ナチス崩壊の後、ドイツではもう三回も映画化された有名な事件だそうで、その一番新しい映画が去年公開されてたのを、新聞の批評欄で読んだことがあるのを思いだしました。
 
 ぼくは昔、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線のことを知りたくて、その時本屋で目にした児島襄さんの書かれた『第二次世界大戦 ヒトラーの戦い』全10巻を、むさぼるように読んだことがあって、この学生たちの反戦ビラ事件のこともその時知ったのでしたが、読んだ時の感想は、なんてむごいどんっ(衝撃)と思った程度でした。

 なぜなら、この本をずっと読んでいると、もうほとんど死体の山とでもいうしかないほど、膨大な数の人間が、あっという間に死んでいくのを読まされる訳で、特にあのころのナチスは、なんの抵抗もしない人たちを、家畜のように屠殺していた訳で、この人殺しの詳細な記録を延々と辿ってゆくと、こんなことをする人間に対して、どうしようもない嫌悪感を抱くにようになるのは、しょうがないでしょうパンチ

 さてこの日の授業に話を戻すと、反戦ビラを配って、逮捕され処刑された学生たちの行動に意味があるのかということを、考えさせる授業で、反戦ビラを配ったからといって、ナチス政権が崩壊した訳でもなく、2年後に連合軍によってナチスが崩壊したのだから、この運動に、はたして意味があったのかと、先生は生徒に問うのでした。

 これはかなりな難問で、運動によって、即座になんらかの変化が起これば、意味があって、なんの変化もなければ、無意味なように思ってしまうところが、ミソなんじゃないかとぼくは思う。

 でも、よく考えれば、そんなことはなくて、これは時間の長さの問題なんじゃなかろうか。食べ物に例を取れば、栄養ドリンクを飲べば、即座に身体に効いたように思い、飲んだ意味をすぐに理解するけれど、毎日食べる食事は、即効性が分からないから意味がないなんて思うのは間違っているってすぐに分かるでしょパンチ

 反戦ビラを配って、処刑された学生たちのことは、すぐには人々の心を変えることはなかったけれど、長い時間のスパンで見れば、たくさんの人々の心に住み着き、あの圧政下のなかでも、正しいと信じたことを命を掛けて訴えた人がいたことに、人間の尊厳への深い畏敬の念に捕われるのではないでしょうか。

 そうして、彼等の犬死にのような行動は、圧政という暗闇のなかに灯ったか細いろうそくの明かりのように、みんなの心のなかに灯っていくんじゃなかろうか。

 か細いろうそくのようなともしびだろうか、それは間違いなく、人の行くべき道を指し示す明かりとなるんじゃなかろうか。

 まあ、そんなことを、娘の社会の授業を見ながら思っていましたかわいい

 
ニックネーム ikkou at 23:25| Comment(0) | 日記
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