まあ、芸術の秋ともいうしね
洲之内徹の美術エッセイは、面白くて、ついつい全部買ってしまった。今は文庫で出ているから、いいけれど、買った当時は三千円もした本を、よくまあ、全部揃えたもんだと、今さらながら、感心したりする。
それもこれも、一度読んだら止められなくなるスノのさんの文章の面白さのせいだろうし、日本の画壇に無知だったから、スノさんのエッセイを読んで、知らない画家を知ることができたからだったりもする。
昨日は、フト、とても繊細で美しい絵を残して、若くして亡くなった女流画家を思い出して、スノさんの「気まぐれ美術館」をひっぱり出して、読んでいた。
田畑あきら子。1940年、新潟県西蒲原郡に生まれる。生家は酒屋。1959年。武蔵野美術大学洋画科に入り、1963年卒業。生活の資を得るため、母校の図書館に司書として勤める。彼女は非常な読書家であったよし。毎年グループ展に参加出品。1968年。初めて個展を開く。
しかし翌年に発病。郷里に帰り、その夏8月27日、胃ガンのため死亡。27歳。
あきら子の油絵が一点、口絵にカラー写真で載っている。全体がやわらかでぼんやりとした色に染められた画面に、これもまた消えそうな薄い色をした線が、横に縦にふらふらと現れ、あちこちにさまようよう。幼児の夢のようだと言えば、半ばは当たっていようか。
スノさんなら、こう書く。「…おそらく彼女の抱いているイメージは、容易なことでは、画面に定着しないのであろう。フォルムがなかなか画面に出て来ない。彼女の場合、イメージといっても、それは、どう具体的イメージへも変わっていける原イメージの如きものであり、それ自身絶えず変形し続けるのだから、それを定着し、明示化しようとすれば、結局、描いては消し、描いては消しを繰り返すことになる。…」
病院で、抗ガン剤の治療中、偶然、火事を見た。その夜から、あきら子の様子が変わった。
「ゴーキーが解った」と言ったそうだ。病気に抵抗することをやめ、痛み止めの麻酔も拒んだという。自殺の気配も見え、危なくて目が離せなくなったという。
アーシル・ゴーキーは1948年に自宅で首つり自殺を遂げたが、その2年前に、彼の重要な作品が火事でほとんど焼けて、ゴーキーの死後、彼の作品は火を呼ぶというジンクスがあったのだそうだ。
ゴーキーもガンで、手術をして良くなったそうだが、自動車事故の結果、右手が利かなくなり、精神に異常を来たし、自殺した。
亡くなる1年前のアンケートに、あきら子は答えている。「好きな芸術家」『アーシル・ゴーキー。フランツ・カフカ。荒川修作』
「好きな銘句」『美しきもの見し人は、はや死の手にぞわたされけり。』
まるで、彼女自身のための墓碑名のようだと、スノさんは書いておられる。










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