今朝、
兵庫県尼崎市で、JR福知山線の快速電車が脱線し、
マンションに激突する事故

がありました。死者は五十人、重軽傷は二百三十人以上にのぼると、
ニュースで報じています。今まだ、車内に閉じ込められた人を救出している映像が、
テレビから流れています。

通勤時間帯に起こった事故のため、犠牲者は膨大な数になったようです。
まさか、こんな事故の犠牲者になるなど、その瞬間まで誰も考えていなかった事でしょう。

高度に発達した文明社会において、正確な時間と安全は、まるで当たり前のように信じられています。またそうではないと、この社会は円滑に動かない。具体的に言えば、出勤時間は決まっています。時刻表通りに電車が動く事を前提にしているから。すべてが自明の事として、社会は成り立っています。そうして、不幸にも事故に遭遇する。

想像だにもしなかった事で、傷付き、または命を落とす。

こういう場面で、いったいどんな言葉をかけたらいい?二十世紀は、悲劇が、事故にとって変った世紀だと、大岡昇平が書いていたのを、思い出しました。悲劇はいかにも人間的な要素があるけれど、事故は、まあなんと否人間的なのでしょう。

我々は、ただ痛ましい思いを持って、犠牲者に哀悼の意を捧げるだけ

ちょくちょく見にきますw
ちょくちょく見にきますw
ガンバルゾ〜。