芥川賞の小説を読もうとして買った「文芸春秋」に、「小林秀雄の霊が降りてきた」と題して、脳科学者の茂木健一郎さんのエッセイが載っていた。
ぼくは十代の頃より、小林秀雄教に帰依している
茂木さんが、このエッセイで、小林秀雄の印象批評こそ、自分が今研究している「クオリア」の事だと書いている。
で、『クオリア』って何だと興味を持ったんだけれど、良く分らない。読んだかぎり、意識がその対象に対して、数でも記号でも表現できない「質感」として感じられる事らしい
科学的とは、数と記号で説明できるものの事で、ならば、絵なら絵の前で、おのおのが感じる印象(質感=クオリア)は、今までの科学では、計量不能の事
数や記号で説明できない感動の質を、クオリアと称して、脳科学で研究しているのが、茂木さんの仕事らしい
なんだか、もう一つ理解しがたいのだけれど、『クオリア』って、面白そうじゃん
本屋で目に付いたら、買ってきて読もおうっと

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「クオリアは言語や物理的特性として記述しきることができないことは、哲学でしばしば議論される幾つかの疑問と結びついている。
・同じ波長の光を受け取っている異なる人間は同じ「赤さ」を経験しているのか。
・また、人工知能など、一般に意識を持つと考えられていない物が、センサーを通じて光の波長を処理できるとしたら、その時その人工知能には意識があり、人工知能は赤さを感じているのか。
・生物である犬や魚、あるいは昆虫は、意識があると言えるか。また、その意識は同じクオリアを経験しているのか。」
何やら 面白くなってきました。 勉強してみます。
クオリアってものが、
今までの科学的なものを
越えて、
実証されたら、
個人的だと思われる、
感動の質も、客観的な事実として、
証明されんのかなあ?
ぼくが綺麗だと思う、絵や音楽や、
文章が、
個人的な嗜好を越えて、共通認識となるのかなあ。
勉強して下さいね。
ぼくも勉強するぞってね。