辞めさせてくれと頼んでも、なかなか辞めさせてくれないで、ずるずる仕事をしている
この年で、いい職なんかないと、言われる
なんだかむちゃくちゃ疲れた
朝起きて、ベランダの雨戸を開けたら、汚れた水槽のなかで、カメが悲しそうに、こちらを見た気がした。
もうカメの世話もやけなくなったなあと、思った。水槽の水も取りかえてあげられない
こいつを放してあげようと、思った。
息子が幼稚園に入る前に、盆踊りの夜店で買ってきたカメの生き残りだ
いまじゃ、水槽と同じほどに巨大になったカメの甲羅が、痛ましい
バケツに水を汲んで、カメを入れ、クルマで近くの池まで走り、カメを放った
カメにとっては、いままでに、まったく経験もない広い広い水のなか。手足を伸び伸びと広げて、水中を泳ぐけれど、こんな広い場所は、はじめてなので、放った場所のまわりをぐるぐるするだけで、なかなか遠くまでいかないのが、見ているこちらを悲しくさせる
やがて、池に住んでいるカメがニ匹、ぐるぐるしいている俺のカメに近ずいてきて、追い回しはじめた。
俺のカメは、他のカメなど見た事もなかっただろうから、随分と戸惑っているんじゃなかろうかと、思ったけれど、ベランダの狭い水槽にいるよりも、ずっと生きている実感を感じながら、この先やっていくだろうなあとも思った
大きな鮒が、水を跳ね上げ、かるがもの親子が水面をすいすいと走る
買い物をすませ、昼寝をした後、なんとなく気になって、またカメを放した池に行った。
放った場所で、俺のカメを探したけれど、もうどこにもいない。
昔からの住人のカメは、頭を出して、ぽっかりと浮かんでいたり、石に昇って甲羅干しをしていたけれど、放ったカメは見つけられない
水辺の景色を眺めながら、ぼんやりと佇んでしまった
この先何年生きるのやら。
この先、幸せがくるのやら。
俺はなんの為に生きているのだろうとか。
もうなにもしたくないなあとか。
今夜の夕食はなににしようだとか。
風呂の洗剤を買わないともうないよだとか。
生きるのに、なぜお金が必要なんだろうとか。
歩いて、放浪したいなあとか。
今度生まれてくるなら、家猫になりたいなあだとか。
だって、あいつらいつも軒先で昼寝してんだよ。
気持ちよさそうに
こうして、せんない事をぼんやり考えていたら、夜がきてしまった
俺のカメは元気でやっているだろうか










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何はともあれ、イキテテヨカッタ。ごめんなさい。失礼な言い方で。
大丈夫ですよ。亀はきっと元気にやってます。彼は、今日を生きることだけ考えてる。
でも、人間はそうはいかない。生きる意味を考えたり、将来を夢見たり、悲しみを抱え込んだりする。それは、人間の宿命。
今日を必死で生きる。かつて、ほとんどの人はそうやって生きてきた。私の父も母も戦後の一時代、そうやって生きてきた。
だから、大丈夫。きっと道は開けます。
亀は元気にやって行きます。
以前亀(ミドリカメ)を飼っていたことあります。こいつらはよく脱走しました。TVで「亀は生まれた川に向かう」と言っていて、「売る目的で増やされた亀の故郷って」とせつなくなったことがあります。また、アパートの庭には体長15センチ以上はあろうかというカエルが出現。水辺に戻してやろうと思い、娘とこわごわ近くの川まで運んでやりました。ところがこのカエル数日で戻ってきてました。「カエルにとってこの庭が生きる場所だったんだ」とまことに済まないことをしたと反省した所存。このアパートも一戸建てに建て替えられて、カエルはどうしているやら。都会の小動物はせつないです。
私も積み上がった洗濯物を見て脱力状態なことがよくあります。ベランダの鉢に水もやれない。
そういう時に必要なのは、休養で、結局休まないと復活できないです。
休んで元気回復してください。よい仕事がみつかりますように。
最初は戸惑うかもしれないけど
大丈夫、何とか生きてくよ。
ikkouさんも大丈夫
なんとかなるさ!!
住宅地の駐車場で
「前向きにおねがいします」って書いているとこあるでしょ。
単に頭からつっこんで止めるのねとしか思っていなかったけど
先日、新聞の投稿で
「前向きにおねがいします」ってなんかいいよねだって。
今日も一日、何が起こるか分からないけど
とりあえず
「前向きにおねがいしまーす」
(新人ですヨ)
何だか気になって、読まずにいられな
くなりました。
人として生まれて歩むという事は、
喜びも悲しみもですネ。
ikkouさんの書かれることは、肩が凝らなくて
“ホット”させられます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
休みは、ほとんど寝ることと、家の雑用で終わってしまって、皆様に返事を書く余裕が、正直ないので、ゆるして下さい。
あまり疲れていると、
世間であった大変な出来事にも、
ほとんど関心がなくなるんですね。
忙しくても、せめて新聞だけは読まないとと、思っております。
書き込みを見て、元気づけられます。
まだ世間と繋がっているんだと、思われるからです。
孤独感が人の心をどれだけ荒廃させるか、アキハバラの事件は、それを物語っていますね。