2008年03月12日

柳原和子さんを追悼します

 4日から、イタリア観光のツアーに行っていて、11日の夜に、成田の帰ってきました飛行機

 生まれてはじめての海外旅行でしたかわいい

 11日の午後10時50分頃に向こうを出て、成田に着いたのは、11日の午後6時40分パンチ

 出た時間より、着いた時間の方が早い訳で、いったいどうなってしまったのか、説明のつかない思いが、ずっと付きまとっていますがく〜(落胆した顔)

 成田で、ケイタイから自分のブログを見て、iniiniさんのコメントで、柳原和子さんが亡くなったのを知りましたたらーっ(汗)

 1月26日に、彼女が入院している、聖路加病院のホスピス病棟に呼ばれました。

 ケイタイに彼女から連絡があったので、出ると、柳原さんではなくて、彼女の編集担当者の女性が出て、26日の午後1時から3時まで、部屋を確保してあるので、お出でくださいとの事でした。

 聖路加病院に行くと、たくさんの人が集まっていて、部屋の中央には、テーブルがしつらえられてあって、その上にお寿司だとか、ワインだとか、つまみだとかが、山のように用意されてありました。

 狭い部屋に人がいっぱい集まると、柳原さんが車椅子で現れて、ご挨拶をされました。

 この集まりが、どんな意味を持ったものなのか、ちゃんとはお話になりませんでしたが、言外に、生前に付き合いがあった人たちとのお別れの会なのだと分りました。

 司会を担当された編集者の女性から、お名前を呼ばれた方々が、次々と彼女と付き合った日々の思い出を話されました。

 最初のがん発病の時から、今日までずっと彼女を影で支えていた、医師。(その当時は研修医でしたが、今では、最前線で活躍されているそうです)

 がん患者学を書いた時から友人になられた医者の方々病院

 出版や、本の編集で、付き合った古くからの友達。

 がん患者となった時から、様々な場所で助け合った同病の友達。

 NHKのがんサポートキャンペーンで、番組を作っていた放送人。

 ドキュメンタリー作家の大先輩。

 会場になった部屋は、立錐の余地もないほどの人で埋まり、主役である柳原さんの様子を見、友達や仕事仲間の言葉を聞き、それに対しての彼女の発言を聞き漏らすまいと、じっと聞き入っておりました。

 彼女は友人たちの発言に触発されては、思い出の一駒を思い出し、いとおしむように、その時の自らの思いを語りました。

 こうして、2時間はあっという間に過ぎ、彼女は車椅子に運ばれて、部屋から出て行きました。

 ぼくは部屋を去り、病院から外に出て、今見た光景を、感動とともに、何度も反芻していました。

 もう、柳原さんと会うことはないだろうと、思いました。

 こんな素敵な会に招いてくださって、ありがとうと思いました。

 人生の幕切れを、このように自分の力で演出する、彼女のなみなみならない才能に、敬意を抱きました。

 もはや、彼女の物理的な死亡時間は、たいした問題ではないような気がしました。

 ありがとう。柳原和子さん。

 本当に、ありがとう。

 あなたに会えてよかったです。

 
ニックネーム ikkou at 05:28| Comment(4) | 日記
この記事へのコメント
お帰りなさい。

いい旅でしたか。

柳原さんのこと、私は面識もないけれど、癌サポートキャンペーンのサイトに載ってた連載、その毅然とした文章には魅せられました。

いつかは来ると決まっていても、死を正面から迎えるのは厳しいことですね。

旅の話、また聞かせてください。


Posted by ロビタ at 2008年03月12日 22:12
IKKOUさん
イタリアでは美味しいものたくさん召し上がりましたか?

私は海外へ行っても現地の人が食している、その地のお料理を頂くようにしております。(虫でも爬虫類系でも)

ただ連れがいる場合は、日本食が食べたいという要望をのんで日本食も頂きます。
日本人にも有名かつ立派な日本料理店なら、それなりに満足もできますが、現地の人が集う日本料理店では???と感じたことも度々です。

例えば、メキシコで入った日本料理店はカフェバーのような雰囲気で、オーナーは美しい中年のフランス人女性でした。
私たちはお鮨やサラダ、懐かしいソース焼ソバを注文しました。

ウエイターが料理を運んで来ます。歩き回ってお腹がすいているので期待満点です。
ん?
お鮨のご飯は冷蔵庫から取り出したご飯のように冷たい。。。
ソース焼ソバのソバは、日本で売っている緑色の乾麺(茹でて日本蕎麦にするもの)でした。緑の麺にソースがたっぷり!

連れは料理人とオーナーを呼んで、「鮨飯の温度は人肌にして握る」という日本語としての意味を力説(笑)していましたが、分かったのかなあ。

メキシコの若者に流行っているお店のようでしたよ。ちゃんとした日本食を知ってもらいたい、と強く強く思った次第です。


柳原和子さんのこと、IKKOUさんから最後のご様子を伺えて嬉しく思います。最後まで彼女らしく毅然とご自身を見つめられていたのですね。

今月の婦人公論に加島祥造さんとの対談が載っていましたので購入しました。
「がん患者学」のご本の時とは違って、死を受け入れた、というようにも感じられる内容でした。
12月23に皇居のお堀を背にしたお写真が載っていて、とてもお元気そうでしたのに。

私はお会いしたことはありませんが、彼女が癌患者として戦ってきた日々を知ることができ、やはり、ありがとうございましたという気持ちです。


では、また。
Posted by INI at 2008年03月13日 22:18
ロビタさん。
観光旅行のことは、

おいおい暇を見ては、
書こうと思っておりますので、

感想なぞ、書いてくれたら、
うれしいです。

なにせ、海外ははじめてなもので、
訳がわからない事ばかりでした。
Posted by ikkou at 2008年03月14日 00:13
INIさんて、iniiniさんですよね?

毎度、書き込みありがとうございます。

iniiniさんは、海外にはたくさん行かれたんですね。

ぼくは生まれてはじめてだったので、
むやみに緊張しましたです。

飛行機で13時間は長かったねえ!

本当に行けたんだね!

それだけで、なんだか嬉しいのでした。

イタリアのご飯は、それなりに食べられたけれど、
昨日近所のファミレスで食べた、うどんとご飯のセットが、あまりに美味しいので、涙が出ました。

日本食は世界最高だ〜と思いました。

柳原和子さんは、ホントに凄い女性でしたねえ!

こんな人、見た事ないやと、思いました。

ぼくは、彼女に会えて凄く嬉しかったですよ。
Posted by ikkou at 2008年03月14日 00:26
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