なにしろ保護者は、ぼくだけなもので、仕事をしていたら、行けなかった行事もあっただろうから、このヒマな時期を利用して、息子の為に利用できてよかったと思っている。(息子は迷惑そうだったけれど
それからようやく重い腰をあげて、職探しをはじめた
へらへらしながら生きていたら、(ヒマだから塩野七生さんの「海の都の物語」を再読し、映画化になったので大岡昇平氏の「ながい旅」が角川から文庫本
集団自決の裁判は、戦争中における沖縄県民の集団自決に、軍の関与はなかったと元守備隊長らが訴えていた裁判で、軍の関与はあったと記述した大江健三郎さんの「沖縄ノート」の出版差し止めなどを求めたもの。
「沖縄ノート」は学生時代の読んだ。大江健三郎さんはその前に「ヒロシマノート」を書いていて、若き戦後民主主義の守護神のような役割を引き受けていたように思う。
大江さんは、小説では難解な方法とグロテスクなイメージを駆使して、今までの日本の小説の伝統を切断し、世界文学の方にリンクさせる作品を書き続けていたようだけれど、自分は第一次戦後派の後継者だと宣言していました。
その宣言通り、大江さんは先の大戦での非人間的な行為を、検証し告発する事を、自らの指名だと考えていたようです。
まさに戦後民主主義の守護神という役を、引き受けた。沖縄ノートでは、集団自決を検証し、旧帝国陸軍の悪をあばき、告発し、戦後もアメリカ軍の基地となった沖縄の苦悩を書いた。
旧帝国陸軍の沖縄守備隊長らは、集団自決を命令した覚えはないと、訴えた。彼らは、自主的に自決したのだと
判決は元隊長らの請求を棄却し、軍の関与を認めた。
ぼくにはおおいに納得する判決だと思います。確たる命令書がなくても、その時、その状況において、帝国陸軍は民間人の自決を促していただろう事は、その当時の事を書いたものを読めば、納得がいくからです。
参考になったのは、山本七平さんの『空気の研究』です。
今でも、空気が読めないだの、読めるだのと話題になっているけれど、これほど曖昧で不確実なのに、その時その場にいた人たちに影響を与えるものはないからです
集団自決の横の記事は、小石川で起こった、無理心中
経営難になった一家の大黒柱が、家族を皆殺しにして、自分も死のうとした悲惨な事件が、また起こりました。
今年の2月に足立区の梅島で起こった、無理心中と状況があまりのも似ているので、「またか」とうんざりしたのが正直な感想です。
社長の江成さんは42歳。結婚のおりでしょうか、奥さんとふたりで写っているカラーの記念写真が、載っていて、奥さんは美人だし、江成さんも若く、凛々しく、おふたりとも笑顔が素敵で、結婚を心から喜んでいるご様子が、胸を打つ
なんで、こうも簡単に結論を出し、無理心中に走るのか
どうしてこんなにも脆いのか
生きていく方法は、たくさんある。ひとつがダメだからって、全部がダメになった訳じゃない。
失業中のぼくが言うと、説得力が落ちるかな
ぼくは、いつでも、高田渡の歌が心のなかで歌っているのを聞くのです。
心はいつも浮浪者です。だから、生きているだけで見っけものと、思っているのです。










![Powered by 269g[ブログ・ジー]](http://269g.jp/img/269g.gif)