2007年12月30日

シンシア

 ツタヤで、南沙織のベストアルバムCDを借りた。RCサクセションのベストと、吉田拓郎ベストもるんるん

 南沙織が「17歳」でデビューした時、ぼくも17歳だったムード

 アイドル歌手全盛時代、シンシア(南沙織の別名だよ〜かわいい)は、抜群の歌唱力で、他のアイドルと別格だったと思うひらめき

 シンシアが好きだった黒ハート。(レコード買わないけどもうやだ〜(悲しい顔))。

 久しぶりで聞いたシンシアの歌は、どれもみんな知っている曲るんるんだったかわいい

 沖縄のサンゴ礁と、熱帯魚が泳ぐ透明な海のような澄んだ歌声るんるん

 沖縄の青い空と、真っ白な雲のような透明な歌声るんるん

 「哀しい妖精」という曲がたまらなく好きだ。

 るんるんまがりくねった愛の旅路でさまよう私るんるん

 るんるんどれほど傷付いたら、大人になれるかしらるんるん

 るんるんああ恋人よ 助けてくださいねるんるん

 なんてねひらめき

 映像だよ〜映画http://www.youtube.com/watch?v=Zsj0yeqCSfQ

 拓郎のベストアルバムのなかに「シンシア」って曲が入っていたるんるん

 映像だよ〜映画http://www.youtube.com/watch?v=0oYXUYyKZ9s

 この曲は当然、南沙織に捧げた曲るんるん。これもいい曲だキスマーク

 シンシアは永遠だよねえ〜黒ハート揺れるハート
ニックネーム ikkou at 22:35| Comment(0) | 日記

2007年12月25日

文章読本さん江

 唐突に、おふくろがぼくを呼んで「ケーキ、日曜日に届くように予約しちゃった」と言った。

 「だって、イブは24日の月曜日でしょパンチ。なんで前の日にケーキが来るのよ」と呆れて言うと、
 「しょうがないじゃない。間違えたんだから爆弾」と言われてしまえば、反論のしようがないじゃんがく〜(落胆した顔)

 つう訳で、日曜日の夜にケーキとローストチキンを食べ、イブの日は、静かに本なんぞを読んでいたのだった本

 読んでいたのは斉藤美奈子さんの『文章読本さん江』(ちくま文庫版)。

 これがめっぽう面白くて、最後なんぞはゲラゲラ笑いすぎて、窒息しそうになったぐらいなのだったわーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)

 そもそも「文章読本」とは、いったいなんの為に書かれ続けているのだろうかexclamation&questionという究極の問いからはじめて、口語文の歴史に踏み込み、学校教育での綴り方教室の流行。戦後の読書感想文コンクールって、なんなんよパンチと、その内幕を暴き、文章の階級化に鋭く切り込むといった案配。

 恐るべき『斉藤美奈子さん』どんっ(衝撃)

 それはそれとして、明治のはじめに、口語文をどうするべと、その当時の知識人が喧々諤々(ケンケンガクガク)した様子がめちゃ、面白いのよ。

 前島密は、近代にふさわしい日本語の末尾は「ござる」ないしは「つかまつる」がいいと主張したのでござるかわいい

 若松賤子さんは「かッた」文とういのを発明した。「おとッさんは、イギリス人だッた」

 保科考一氏は「棒引きかなづかい」というの提唱した。「しよーとゆーことわ」

 今から見ると、なんかすごく変だねパンチ

 ござる文が取り入れられたら、みんな末尾はござるで終わるのでござるよ。おかしいでござったねえキスマーク
ニックネーム ikkou at 22:16| Comment(0) | 日記

2007年12月24日

iPod classic騒動

 先日、何気なく電気店を覗いてしまったらTV80GBのiPod が、なんと3万円を切る値段で売っているのを、見てしまった目

 その名を『iPod classic』というそうだひらめき

 「ああ欲しいなぁ〜」と思っちゃったのねかわいい

 土曜日、今年頑張った自分へのご褒美だパンチと近くの電気屋に行って、買ってしまったるんるん

 そこまでは、いいexclamation

 家に帰り、息子に「iPod classic買ってきちゃったから、家にあるiPod nanoは、あげるよ」と言ったわーい(嬉しい顔)

 歓び勇んで、マックを起動して、iPod classicを接続したら、家のマックは、そいつを認識することもなく、黙っているのだ〜爆弾

 驚いて、箱の小さな字の説明文を読むと、OS10.4.8以上のマックって、書いてあるやんかexclamation×2

 我が家のマックはOS10.2なんだよ。昔は最新のマックだったのに、5年も経つと、旧式になるんだねえ〜たらーっ(汗)

 最新のOSは10.5なんだけれど、必要システム条件を見たら、PowerPC G4(867MHz以上)となっているのだパンチ

 我が家のマックはなんと800MHzなのだった。67MHzたりないじゃんパンチ。最新OS買ってきて、ちゃんと動くのかなあと思い、息子に相談すると、動かなくなると困るから、「iPod classicは、飾っておけばいいよ」とつれないことを言うのだった爆弾

 そんなバカなあ、じゃ最新OSじゃなくて、一時代前のOS10.4を買ってくればいいじゃんかと強く思い、小雨降るなか、アキバに行ってきたのだ。

 アキバに来るのも、3年ぶりぐらいだろうか。氷雨のなか、休みだから、人はいっぱい出ていて、ジャンク品に群がり、メイド服の娘がヒラヒラと浮遊する、そこはまさに神秘と不思議の街、アキバなのであったネット(枠付き)

 そのなかで、マック専門店を探し、OS10.4が、我が家のマックで使えることを探し当て、旧バージョンのOSを見つけて、やっと家に帰り、インストールしたのよね(ああ疲れたたらーっ(汗))。

 上手くいくか心配で、全部が終わるまでマックの前に釘づけ目

 OSをインストールすると、今度はようやくiPod classicに曲を入れることが出来て、全曲を入れ終わったのが午前2時頃だったかなあパンチ

 今、嬉しくて、イヤホン付けて、これ書いていますわーい(嬉しい顔)

 バッハの「平均率」から、陽水の「傘がない」まで。モーツァルトの「変奏曲」から松田聖子の「風たちぬ」まで。ベートーヴェンの「第九」から島倉千代子の「愛のさざなみ」まで黒ハート


 みんな入っているんだぜいい気分(温泉)
ニックネーム ikkou at 21:36| Comment(2) | 日記

2007年12月19日

娘がマジになる行事

 今日、明日は、娘の学校の音楽祭だるんるん

 高校最後の音楽祭るんるんになる予定だからか、娘は有志の部での代表になって、予選に挑んだというexclamation。(ぼくだって、娘の高校生活が最後になることを、祈っている訳だあせあせ(飛び散る汗)。来年も高校生だったら、たまりません爆弾

 明日は会社の忘年会で、どうしても休めないし、娘は、有志の部の方を見て欲しみたいだしで、今日は早起きして晴れ、娘の学校に行った手(チョキ)

 会場である体育館に父兄父母その他の人たちが並んで、順々に入って行く。その途中でプログラムを渡される本

 渡されたプログラムを見ると、そのなかに、「我らこそ不良だ」という有志の出し物があった。

 一目みて、この出し物こそ、娘が代表になって、演じられる演目だと分ったのでしたパンチ
 
 なんだか、すごい名前の演目爆弾に、親としては「吾泣き濡れてカニと戯れる」心境とでもいいましょうか…たらーっ(汗)

 複雑な思いで、娘の演目の登場を待つと、いよいよ演目の名前が呼ばれ、音楽るんるんと共に、自作の刺繍を施した、ピンクの愚連隊服とでもよんだらいいのか、上下揃いのヒラヒラ服を着た六人の女の子が威勢良く現れて、舞台上で、ダンスのパフォーマンスをしたのだった。

 真ん中で、どぎつい化粧で踊るのは、あれはまさに我が娘わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)
 
 服装も化粧もケバイけれど、ダンスはそれなりに特訓をしたのか、かなりのもの目

 見ていると、最初の悪い印象は薄らぎ、結構上手いじゃんと感心しきりなのであったかわいい

 まさに娘は最後の音楽祭にマジで取り組んだのであったひらめき

 親としては褒めてあげるべきだろうかムード
ニックネーム ikkou at 20:40| Comment(2) | 日記

2007年12月16日

『神聖喜劇』を読了

 昨日、ようやく大西巨人氏の大長編小説『神聖喜劇』(光文社文庫版)を読了した。

 最初の巻を買ったのは、初夏の頃だったかパンチ

 それから、休み休み、延々と読み続け本、読み終わりましたあせあせ(飛び散る汗)

 一遍の小説に、こんなに時間を掛けたのは、ないような気がしますけれど…。(プルーストの「失われた時を求めて』も結構時間が掛かったような…)

 これだけ難解で、これだけ長いと、結構だれたし、全然意味が分からなかったり、読むこともむずかしかったりするんだけれど、年内に読めて、嬉しいですわーい(嬉しい顔)

 主人公東堂太郎は、天才的な記憶力を持つ男で、どんな文章も一読すれば、記憶してしまう男なのだひらめき

 従って、この小説内には、彼が記憶したありとあらゆる文章が、怒濤のごとく噴出する爆弾

 江戸時代の古文書から、軍隊内の法律書までexclamation。小説から原書の哲学書。詩歌から、漢詩まで。

 で、その引用が延々と続くので、いったいなにをやっているのか、さっぱり分からなくなったりするんだね。

 そんなこんなで、読むのは大変だったけれど、一大傑作には違いないねどんっ(衝撃)
ニックネーム ikkou at 19:11| Comment(0) | 日記

2007年12月12日

親父の夢を見た

 昨日、あんな事を、書いたせいだろうかパンチ

 9年前に亡くなった親父の夢を、はじめて見たexclamation

 夢のなかでは、親父の通夜の席らしくて、大勢の人が集まって、飲んだり食べたりしていた。

 不思議なことだが、ぼくの横に、親父が座っていて、ぼくらは普通にしゃべっていた。

 ぼくはトイレに行きたくなって、席を外した。

 帰ってみると、親父の姿がなかった。

 驚いて、あたりを探しにいくところで、目が覚めたひらめき

 目が覚めると、涙があふれていたあせあせ(飛び散る汗)

 ぼくは親父のために、はじめて涙を流したあせあせ(飛び散る汗)

 亡くなってから9年。外ずらばかり良くて、家庭をほとんど返り見ることがなかった親父に対して、何の感情もわく事がことがなく、過した。

 生前、そんな親父に文句ばかり言っていお袋は、亡くなると、ずっと泣いていた。

 その姿を、子供であるぼくは、冷ややかに眺めていただけだった。

 9年も経った、昨日、ぼくは親父のために、はじめて涙を流す事ができたたらーっ(汗)

 親父のために泣くことができて良かったと思ったムード
ニックネーム ikkou at 21:22| Comment(4) | 日記

2007年12月11日

ちゃんと喪に服さなければいけない

 保坂和志さんの最新のエッセイ集『「三十歳までなんか生きるな」と思っていた』のなかの「冷淡さの連鎖」という章で、保坂さんは高校生のふたりが波にさらわれた事故で亡くなった翌日の朝礼で校長が、「一日も早く日常を取り戻して下さい」と言ったことに、腹を立てていた。

 日常を取り戻すという意味は、亡くなった友の死を悼むことより、勉強が大事」と言っていることじゃないかと、腹を立てている。

 日本では「いつまでも悲しんでいると死者が浮かばれないから、早くしっかりしなくちゃ」という言葉が普通に使われているけれど、それじゃ死んだ人が浮かばれないじゃないのと言う。

 自分が死んだ時のことを想像しろよ。形だけの葬式だけやって、みんなさっさと仕事やら勉強やらをやりはじめたら、死んだ自分が悲しまないかexclamation

 死者を丁寧に葬り、きちんと喪に服すというのは、人間が人間として存在するための条件なのだと言う。

 人間はだた生きているだけじゃなくて、死んだ後も含めた漠然とした広がりをもつものとして人間がある。

 そうして、愛するペットが亡くなった時に、泣きながら会社に出勤した元同僚に向かって「会社なんか休めと」と言ったエピソードを語る。

 他の同僚が、ペットごときで泣きながら出社したという冷ややかなや態度を取っていたなかで、保坂さんがそう言ったことを、その元同僚はずっと覚えていたそうだ。

 経済や能率ばかりが優先的になってしまったこの社会で、大切なことはそんなことじゃんなくて、生きているそれ自体が大切なんだよと、彼は断固とした態度で発言する。

 死者を悼み、悲しみにくれることは、とどのつまり、自分が亡くなった後に、自分が近親者に、生きている間、大切に思われていた証しじゃないかと思う。

 他人の痛みに冷淡な人は、だからとどのつまり、自分も他人から冷淡にされることなのだと理解して欲しい。

 我々は経済や能率のために生きている訳じゃない。

 我々は、人間という、一個の尊厳を持った生き物として、生きる。そこには、身分や階級や、貧富の差なんて、関係ない。

 ひとつひとつの『生』と『死』に、尊厳を持って接しよう。自分もまた、そのように取り扱われたいと思うならどんっ(衝撃)
ニックネーム ikkou at 23:13| Comment(0) | 日記

2007年12月09日

福井火葬場心中事件

 先月の遺族の会で、福井からきた方が、福井で起こった心中事件のことを、言っていましたたらーっ(汗)

 認知症で、ほとんど歩けなくなった82歳の妻の介護をひとりでしていた80歳の夫が、将来を悲観して、30年以上も使っていない火葬場にふたりで入って、火を付けて心中したという事件だそうです爆弾

 事件は全国的に評判になって、テレビのワイドショーも取材カラオケにきたそうです。

 それが『福井火葬場心中事件』

 ネットで検索すると、この事件のことは、かなり評判だったらしく、たくさんヒットしましたひらめき

 付近にはエンジンを掛けたままのクルマが止まっていて、大音量でクラシック音楽るんるんが流れていたそうです。

 では、そのクラシックの曲るんるんは何だったんだろうと、疑問に思い、探したけれど、分かりませんたらーっ(汗)

 ふたりが骨になるまでの葬送の曲にふさわしいクラシックの曲と考えて、それはどうしたって、ベートーヴェンの『第九』以外にはないんじゃないだろうかと思ったのでした。

 特定の宗教色がなくて、もっとも宗教的な気分を持つ、かなりポピラーなクラシック音楽といえば、年末には必ず演奏るんるんされる『第九』以外に考えらなかったのでした。

 その第四楽章はシラーの詩「歓喜に寄す」に曲を付けたものです。

 で、ぼくは「第九」を聞き、「ベートーヴェンの交響曲」という新書を読んでいます本

 ウィキペディアの記事の最後の文章は、
 『車から流れるクラシック音楽の中、二人はいっしょに火葬炉に入りロープを使って扉を閉めた。二人は寄り添ったまま骨になった。永遠を誓い合う結婚式のようであったという。』
 となっていました。

 『第九』の四楽章「歓喜の歌」の合唱が聞こえてこないでしょうか。
ニックネーム ikkou at 21:54| Comment(0) | 日記

2007年12月08日

望年会

 今日は、遺族の会の『望年会』はじめて出席いたしました。

 『望年会』と言っても、それは遺族の会ひらめき。夜集まって、お酒を飲む会じゃなくて、昼間のバイキング形式の『お食事会』なのでありましたレストラン

 みんなそれぞれ相方を亡くした人ばかりの食事会。まだ亡くなって日も浅い人も、いらしてで、沈痛な空気が流れるとばかり思っておりましたが、確かにそんな会話もありましたが、食ファーストフードが進むうちに、打ち解けた雰囲気にもなりまして、会が終わって、近くの日比谷公園を散策する頃には、結構愉快な雰囲気るんるんにもなるのでありました。

 こういう会には、男性はあまり顔を出さなくて、未亡人ばかりが集まってくるもので、その未亡人たちの、たくましさ手(グー)に、こちらも癒される訳でかわいい、未亡人の先輩諸姉に、子育ての苦労なんぞを聞かされて、ああみんな苦労したんだと思えば、肩の荷も少しは軽くなってムード、気持ちも楽になるのでしたひらめき

 有楽町から東京駅まで続く、クリスマスの電飾を見てぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)、家に帰り、子供に急いでご飯を作り、

 べートーベンの『第九』るんるん聞きながら、これを書いておりますですCD

 第四楽章『歓喜に寄す』が聞こえてきましたるんるんるんるんひらめき
ニックネーム ikkou at 21:51| Comment(4) | 日記