昨日、地元では、三年ぶりの本祭りで、息子がなぜか張り切って、みこしを担ぐと朝早く出て行ったので、ほんじゃ、息子がみこしを担いでいるところを、
写真に撮って

あげようとぼくも勇んで出かけたけれど、息子の姿を見つけられずに、諦めて帰ってきてしまった

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息子の予定は、午前中みこしを担ぎ、午後は貸し
スタジオでバンドの練習をするのだそうだ

。
昼に帰ってきた息子に「みこしを担いだ?」と聞くと、「担いだよ」と言った。
息子は、なんで目立たないのだろうねえ

。まあいいけどさあ〜

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息子が着替えて、バンドの練習に行ったので、ぼくはブラブラ歩いて、本屋に行ったのね

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一年以上も前から、その本屋の
本棚に、保坂和志さんの「途方に暮れて、人生論」があって、奥付けを見ると初版本な訳で、行くたびに、その本を本棚からひっぱり出してきて、
ペラペラとページをめくって、買おうかなあと思って、結局買わないで帰ってきたんだけれど、昨日もやっぱり売れないで、そこにあったので、買おう

と決心して、買った。その他に、出たばかりのねじめ正一さんの「荒地の恋」も買ってしまう。
で、近くのコーヒー屋に入って「途方に暮れて、人生論」を読んだ。それから家に帰り、残りの章も読んでしまった

。
無論、いつもの脱力系の保坂節は、すごく良かったんだけれど、なぜ買うのをためらっていたかというと、買ったら、あっという間に読んでしまうから、つまんないなあと思ったからなのだ

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保坂さんの思考回路は、簡単に結論に辿りつけないようになっていて、ああでもないこうでもないと、ぶつくさぶつくさと考えているようなところがよくて、しかも通常の進歩思想を徹底的に迂回し、だた君がそこにいるだけで、いいんだよと諭してくれるのが素晴らしいのだ

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特にぼくが勇気を貰ったのは、
『「生きにくさ」という幸福』の章だ。
この章を読むだけで、買った価値はあると思う。今という時代を生きにくいと感じている多くの人にとって、この文章は救いとなるだろう

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