2007年06月30日

夏の公演旅行

 娘が夏休みに、学校の有志28人と、公演旅行に行きます。

 7月21日の和歌山県「きのくに子とも村学園」を皮切りに、7月31日の埼玉県熊谷市「くるみ保育園」まで、12日間、13公演くつかわいいどんっ(衝撃)黒ハート
 
 娘は中国舞踊と、民族舞踊を踊る予定だそうですわーい(嬉しい顔)

 修学旅行には行かずに、今家で、ゴロゴロしているけれど、有志による公演旅行には、積極的に関わっていますキスマーク

 親としては、変な娘だなあって思うんだけれど、好きなことをしたい(嫌いなことはなるべくしない)と頑張っているから、それはそれでいいことなのかなあと思っていまするんるん

 公演に日程や詳しい会場の場所とかは、後ほど、このブログに書こうかなあって、思っています。

 なにせぼくも一応親バカなんでねドコモポイント
ニックネーム ikkou at 21:36| Comment(2) | 日記

大西巨人「神聖喜劇」

 大西巨人「神聖喜劇」の光文社文庫第一巻を見つけたのは、先々週のことだったかな本

 この大長編の噂は、前々から聞いていたし、違う出版社から出ていた文庫本本を、見たこともあったけれど、その時は、はたしてぼくに読めるのかなあという、漠然とした不安に取りつかれていて、どうしても買うことができなかった。

 先々週偶然に入った本屋の文庫本コーナーに、「神聖喜劇」第一巻を見つけて、ぼくは唸ったねえ〜パンチ。この機会を逃したら、この小説を読むことはないんじゃなかろうかってねたらーっ(汗)

 ぼくは意を決して、「神聖喜劇」を買った。

 そうして、夜な夜な暇な時間を見つけては、読んでいった。超難解だという、漠とした噂があったので、読み進めることができるのかと、不安だったけれど、読み進めれば、ドンドンとハマることができる小説なのであった。

 で、第一巻を読んじゃったので、二巻以降を買おうと、今日、駅前の本屋数件を訪ねるも、どこも売っていないexclamation

 「神聖喜劇」は全五巻もあるのだ〜かわいい

 しょうがないので、電車に乗って、神田の三省堂まで行った。

 文庫のコーナーに行くと、第二巻がなくて、三巻四巻五巻があった。そいつを持って行って、二巻はないのかと聞くと、売り切れだから注文になると言われた台風

 う〜んどんっ(衝撃)。注文を待ってもしょうがないので、三巻以降を買って、別の本屋に行くも、売っていないたらーっ(汗)。もうビックリしてしまう。二巻を飛ばして、三巻以降を読んでも意味がわからんじゃないのパンチ

 そんなことをぶつくさ言いながら、また違う本屋に入ると、二巻が売っていたわーい(嬉しい顔)

 すごく嬉しくて、すぐにレジに行って買ったけれど、さすがに「神聖喜劇」だねえ。買うことも大変なんだからさあ〜人影

 「神聖喜劇」第八部(四百字詰め原稿用紙約四千七百枚)の作者は、1955年2月28日にその稿を起こし、1980年正月8日にその稿を脱した。と
「神聖喜劇」の最後の奥書きに巨人氏は書いておられる。

 「シンセミア」の作家阿部和重氏は、この小説は日本文学史上の最高傑作で、何なら、世界文学的にも最高水準に値する一遍だと、断言しているけれど、最高傑作の小説ぐらい読まれない小説もないもんだなあと、今のぼくは思うよネット

 なにしろ普通の本屋には売ってもいないんだからしてダッシュ(走り出すさま)

 こうして、我々の世代は、重厚、長大な物語から遠ざかり、軽くて優しげな物語だけがふわふわと飛び回る世界へと変容するのであった爆弾
ニックネーム ikkou at 21:16| Comment(0) | 日記

2007年06月13日

フラガール

 日曜日に、久しぶりにビデオ屋さんに行ったら、フラガールが置いてあって、早速借りて、見た。

 去年の映画賞を総なめにした映画映画だと聞いていたけれど、総なめにした理由がよく分ったかわいいかわいいわーい(嬉しい顔)もうやだ〜(悲しい顔)

 もう最初の方から、めちゃんこに面白し、そうして、いっぱい泣いたもうやだ〜(悲しい顔)もうやだ〜(悲しい顔)

 こんな素晴らしい映画を見るのは、『シャル・ウイ・ダンス』以来じゃないのかなあ揺れるハート

 とにかく見始めると、止められないし、見終わるともう一度見たくなるので、返しにいく前にまた見て、また感動して泣いちゃったもうやだ〜(悲しい顔)

 返しに行ったけれど、また借りて見たくなってきちゃったよあせあせ(飛び散る汗)

 こうなると、買うしかないのかなあ〜いい気分(温泉)

 で、我が家のフラガールは、土日と公演旅行の練習に学校に行ったけれど、日曜日に帰ってきた時は、足はがくがくで、咳きはするはで、月曜、火曜と休んで家で寝ていた眠い(睡眠)

 今日は学校に行ったけれど、大丈夫かねえパンチ
ニックネーム ikkou at 22:58| Comment(0) | 日記

2007年06月07日

そこそこに生きています

 息子が風邪をひいて学校を休んだ。

 昨夜は熱があって、気持ちが悪いふらふらと騒いでいたけれど、学校を休ませて、医者に行かせると、熱も下がり、夜は元気にわーい(嬉しい顔)なったようで、早速アコースティックギターを出してきて、練習している。

 まあ、良かったんじゃないのかわいい

 このところ、娘の送り迎えをしている車(RV)

 学校に行くために、朝早く、駅まで歩いているところを、知らない男の人に声を掛けられて、それ以来恐くて歩いて駅まで行けないと言うので、朝夜と、クルマで娘を駅まで送り迎えしている車(RV)

 それがもう一月ぐらいになるexclamation

 いいかげん面倒になったけれど、なにかあったら大変だものねえパンチ

 そんなあぶない目にあうのなら、髪の毛を目立つ金髪にしなけりゃいいじゃんと、ぼくは思うのだけれど、この時期じゃないと出来ないからよと娘は言うのであるよぴかぴか(新しい)

 なんで外人みたいな髪の毛がいいのか、ぼくにはさっぱり分からないし、中国舞踊を踊る時には、黒髪に染め直さなけりゃならなから、とっても面倒だと思うんだけれど、娘は面倒だとは思わないんだろうねえパンチ

 で、ぼくはそこそこ淡々と生きています。

 大江健三郎の「作家自身を語る」を読んだ。

 大江健三郎も71歳になった。十代の後半から読んでいた作家とも、半世紀の付き合いになった訳だなあと、読みながら思ったね。

 様々に変遷してきた彼の作品群を、思い浮かべたのだけれど、障害を持って生まれた我が子が成人なったことの自覚をきっかけに書かれた短編連作「新しい人よ目覚めよ」は、忘れがたい作品だったなあと、思うのであります。

 作家の三田誠広はこの作品を、日本語で書かれた小説のなかで、最高の作品だと、自著のなかで述べておられるけれど、ぼくもその説に深く共感したい気持ちが動いたりしたのを、思い出しました。

 それから、なぜだか今、室生犀星を調べています。

 『ふるさとは遠きにありて思うもの
  そして悲しくうたうもの
  よしや
  うらぶれて異土の乞食となるとても
  帰るところにあるまじや……』

 
ニックネーム ikkou at 21:56| Comment(2) | 日記