2007年04月26日

守護霊

 娘が今度の運動会で、15人のオバカ仲間と一緒に、特攻服を着て、応援をするのだと、何だか毎日嬉しそうに、駆けずり回っているいい気分(温泉)

 そのなかの一人の子は、娘に言わせれば、霊能力があるそうで、娘の守護霊が見えると言ったそうだ。

 その守護霊は、娘に良く似た、若い女の人で、娘の事をいつも心配していて、娘が大人になるのを楽しみに待っていると言ったそうだ。

 娘はその話を聞いて、守護霊が死んだお母さんだってことを確信した黒ハート

 霊能力があるという子は、我が家のことを何も話していないのに、娘には弟もいて、弟にも同じ人がいつも見守っていて、お父さんも見守っているよと言った。

 だから、3人でご飯を食べた方がいいよと言われたという。

 3人でご飯を食べていると、必ず現われるのだそうだかわいいぴかぴか(新しい)

 昨夜、娘はその子のうちに、もうひとりの子と泊った。

 朝起きると、娘から深夜にメールが来ていて、「お母さんが、自慢の娘だと言ってくれたよ!抱きしめてくれた」と書いてあったexclamation

 朝から泣いてしまったもうやだ〜(悲しい顔)。悲しくて涙が出るんじゃなくて、嬉しくて、涙があふれたもうやだ〜(悲しい顔)

 ずっと凝っていた背中のしこりが、やわらかでやさしい手でもみしだかれていくような気持ちがしたいい気分(温泉)

 なぜだか、ホッとした。

 娘がこんなメールmail toを書いてくれたことが、嬉しくて泣いた。

 お母さんが、ずっと見守っていてくれていたことを知って、嬉しくて泣いたもうやだ〜(悲しい顔)

 ありがとうと、どこかにいるお母さんに感謝した黒ハート
 
 ありがとう。ありがとう。

 
ニックネーム ikkou at 19:55| Comment(27) | 日記

2007年04月14日

お通夜

 20年も昔に勤めていた会社の社長が亡くなったとの連絡を貰ったので、お通夜に行ってきた。

 ちっぽけなデザイン会社で、社員は3人ぐらいだったかな。

 東銀座のオンボロビルの最上階で、エレベータが揺れて恐かったふらふら

 昼頃出社して、最終電車で帰った電車
 
 夕飯は、近くの寿司屋に行って、寿司を食べながら、ビールを飲む。

 酔って帰って、それから精密な図面を描いたりしていた。

 ラジオの分解図なんてのexclamation

 銀座のバーに連れて行って貰う。

 お酒を飲んで、最終電車で帰ろうとして、間に合わなくて、また会社に帰って、布団の変りに新聞紙をかぶって、机の上で寝る眠い(睡眠)

 そんなことばっかりのヤクザな会社だったよね。

 でも、思い出して、なんだかとっても懐かしい気持ちになったかわいい

 お通夜に行くと、昔の同僚だとか、近所の同業者とかが、いっぱい来ていた。

 なんか、昔に帰ったみたいな気分わーい(嬉しい顔)

 元同僚の女の子が、「心配してたわよ」と言う。「おお、その後元気かよ。結婚したのかよ」と聞くと、旦那が一緒に来ていた。

 たった3年ぐらいいて、止めた会社だけれど、止めると言ったら、社長が引きとめたっけexclamation

 久保田社長、ゴメンなさい。あれから、ちっとも顔を見せなくてもうやだ〜(悲しい顔)

 銀座の路上で、酔って社長と喧嘩したっけちっ(怒った顔)

 懐かしいねえあせあせ(飛び散る汗)

 亡くなる前に一度会いたかったなもうやだ〜(悲しい顔)

 
ニックネーム ikkou at 21:47| Comment(6) | 日記

2007年04月10日

18歳

 娘が昨日、誕生日で、18歳になったかわいい

 一日早い、日曜日の日に、おふくろさんが、再開したフジヤのお店で、誕生日ケーキプレゼントを買ってきてくれた。

 ケーキにはチョコレートのプレートに、娘の名前と、『たんじょうびおめでとう』の文字が刻んである。

 一日早いけれど、娘の誕生日をそのケーキで祝った揺れるハート

 ケーキに飾りのロウソクを立てて、火を灯し、携帯カメラ写真を撮ったカメラ

 「18歳、おめでとう。18歳は、人生でこの一年だけだぜ。多分一番輝いている年だぜ」と言ってあげた。

 娘は「なんだか、子供の時みたい」わーい(嬉しい顔)と言ってはしゃいでいる。

 そうだね。子供の時みたいだねかわいい。誕生日やクリスマスクリスマスは、どの家とも同じように、家族みんなでお祝いしたよね。

 お母さんがごちそうを作って、みんなでお祝いしたよねかわいい

 思い出したら、なんだかシュンとしてしまったたらーっ(汗)

 昔を思い出して、感傷的になる…たらーっ(汗)たらーっ(汗)
ニックネーム ikkou at 21:08| Comment(4) | 日記

2007年04月07日

モディリアーニと妻ジャンヌの物語展

zyannnu.jpg

 渋谷の東急文化村で今日から開催されている『モディリアーニと妻ジャンヌの物語展』に行ってきた。

 モディリアーニの描く女の絵に、魅了されていたのは、いつの頃だっただろう。あの見事にデフォルメされた女性の姿態は、何度見ても見飽きることがなくて、ぼくは随分真似した。

 その後、彼の悲劇的な生涯を知った訳だけれど、その逆ではない。彼の描いた絵画にこそ、物語が秘められていたのであり、後に知った彼とその幼い妻との物語は、彼の、芸術だけを一直線に追い求めた人生に取って、なんかしら必然めいた気配が漂うのだ。

 モディリアーニと画学生だったジャンヌが知り合ったのは、モディリアーニが33歳。ジャンヌが18歳の頃。ジャンヌはすぐにモディリアーニの子供を身ごもり、女の子が生まれる。

 そのわずか3年後に、生まれた時から病弱だったモディリアーニは、病に倒れ、亡くなる。

 1920年、1月24日のこと。その2日後の26日に、ジャンヌは両親の住むアパルトマンの6階から飛び下り自殺を遂げる。

 ジャンヌはわずかに21歳。お腹に8ヶ月の子供を身ごもっていた。

 会場には絵描きをめざしていたジャンヌの作品もたくさん展示されていた。その最後の展示品は、『自殺』と題され、胸にナイフを刺して、血を流してベッドに横たわっている自身の姿が描かれていた。

 やがてくる悲劇の結末を、予想していたようなその作品が、見ているこちらに、悲劇の物語を、突き付けるexclamation

 ぼくが上に模写した絵は、ジャンヌの16歳の時の写真を元に描いた。
まるで深い海の底を思わせる、彼女のブルーの瞳が、印象的だろう。なにもかもを飲み込んでしまうようなブルーの瞳を持った16歳の少女が、こちらをじっと見つめている。

 まるで自分の人生の結末を分かってしまったような色だと言えば、言いすぎだろうか…。
ニックネーム ikkou at 19:56| Comment(0) | 日記

2007年04月03日

スーダラ伝説

 植木等さんが亡くなって、このところテレビでは、植木等さんの追悼番組が放送されていて、その幾つかをぼくも見て、やっぱり植木等さんて、偉大な人だったなあと、感慨に耽ったりしたのだったひらめき

 子供の頃、かかざすに見ていたのは、「シャボン玉ホリディーるんるん」という番組で、双子のザ・ピーナッツが歌っていて、ゲストなんかが司会者に紹介されたりしているところに、訳の分からない格好をした植木等さんが、しゃしゃり出て、みんなが不思議な顔を見していると、植木さんが、「あれ?およびじゃない?こりゃまたどうも失礼しました!」って言うと、画面が揺れて、みんながこけるっていうギャグを、とにかく毎週やっていたけれど、そのたびに、飽きもせず笑っていたっけわーい(嬉しい顔)

 去年亡くなった青島さんが作り植木さんが歌った歌は、どれもみな傑作で、今だにあの一連のコミックソングるんるんを凌駕する歌はないんじゃなかろうかと思っている。

 メロディるんるんが流れてくれば、すぐに歌えるものわーい(嬉しい顔)

 テレビの草創期に『クレージーキャッツ』と植木等さんがいて良かった。どんなに嫌なことがあっても、あの番組を見ている間だけは、ホントに楽しかったし、笑えたものわーい(嬉しい顔)

 『クレージーキャッツ』の笑いって、カラットしていて、上品な大人の笑いだったよねわーい(嬉しい顔)

 その後、ぼくはほとんどテレビを見なくなってしまったから、よくは分からないけれど、『クレージーキャッツ』の後に出た『ドリフ』の笑いは、もうぼくにはついていけなかったいい気分(温泉)

 
ニックネーム ikkou at 22:03| Comment(0) | 日記