2006年11月28日

娘の事

 家の娘は今年17歳やねんかわいい

 花も恥じらう年頃なのに、自分の服も洗濯しないぞ〜がく〜(落胆した顔)(最低)。

 去年、埼玉県の山奥にある高校に入学したやんかわいい

 1年目は、そこの寮に入っていたけれど、今年になって、自宅から通うと言い出して、片道2時間以上かけて、通っている。

 朝6時に起きて、6時半に家を出る。

 帰宅は、早くて9時。遅いと10時、11時になるやんパンチ

 4月から、ファミレスレストランで、土日とバイトをしていた。

 バイトする理由は、お金を貯めて、大学に行きたいからだって、言うのよ。だから、休みというのが、ほとんどないのや。(身体が心配やねふらふら

 ファミレスは、人がいないので、慣れてくると、土日以外の学校の休みの日にまで、やってくれって、連絡がくるので、さすがに嫌になったのか、今月いっぱいで辞めた。(よかったわーい(嬉しい顔))。

 娘の学校は、とても変わった学校で、ペーパーテストもないし、校則もない。
 進路指導は、大学入学のためではなくて、「生き方としての進路」指導をもっぱらしている。

 前にぼくもその「生き方としての進路」の講演を覗いた事があるけれど、この学校の卒業生が来て、卒業してから今までの生き方を、ぼそぼそしゃべっていた。

 ひとりは、卒業すると、全国を放浪して、今はもっとも住みやすい沖縄に暮らしていて、なんだかのバンドをしているそうだ。

 もうひとりは、美大を中退して、世界を放浪して、そこであった人を絵に描いている。今は、千葉だかで織物をやったり、個展を開いたりしている。

 まあ、みんなすごくアウトローな生き方をしている感じだよね。

 娘は昨日、11時に帰ってきた。

 なんでそんなに遅くなったんだよって、文句を言うと、12月にやる「音楽祭るんるん」の実行委員になったからだと言う。

 勉強よりも、行事に集中する子だよねかわいい

 それはそれで、とってもいい事だと、思うんやねわーい(嬉しい顔)

 今年の音楽祭るんるんには、仕事を休んで、見に行こうかなあって、思っている。(親バカかな?)
ニックネーム ikkou at 22:34| Comment(10) | 日記

2006年11月26日

近況

 今、青空の会(遺族の会)の定例会から帰ってきた。

 ぼくとしては、妻が亡くなってから4年が経ったので、悲しみの感情は、表に出ることはほとんどなくなって、妻とのなにげない日々を思い出す事の方がずっと多くなった。

 最近よく思い出すのは、まだ結婚しないで、付き合っていた頃の事だ。妻が泳ぎを覚えたいと言うので、休日は、プールによく行っていたあせあせ(飛び散る汗)
 
 妻の住むアパートからバスで、区営のプールまで通っていた。都市バスはいつだって空いていて、ぼくと妻は、決まって後ろの席に座る。
 ぼくはすごく退屈だったので、よくバカな男の真似をして、妻に向かって「あばばばばあ〜」なんてやっていたわーい(嬉しい顔)
 すると妻はもうバカ笑いをするわーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)
 その笑い顔が見たいばかりに、ぼくはいつだって、おふざけをした。

 まあ、そんななにげない日常の一齣だかわいい

 遺族の会は、こんな男ばかりがくる訳ではなくて、肉親がつい最近亡くなった方もくる。

 今日は、まだ十代かもしれない若い女性が来ていて、つい最近亡くなったばかりのお兄さんの事を話した。
 
 大学院を出たばかりのお兄さんを亡くした若い女性は、自分よりもっと辛い思いをしている両親の前では泣けないのでもうやだ〜(悲しい顔)、ここに泣きにきましたと言って、号泣ふらふらした。

 それを聞いていると、4年の歳月が消えて、自分もまた途方にくれていた、妻が亡くなった当時を思い出して、胸が締め付けられる思いがしたたらーっ(汗)

 かなり参ってしまったふらふら

 会が流れて、皆さんと居酒屋に行くと、大阪のおばちゃんがやってきて、「最近娘さんが落ち着いてきたみたいで、ちっともブログに登場しないのやねえ」と言うので「誰が見ているか分らないブログに、家庭内の恥をそのまま書けるかよ〜パンチ」と言った。

 どう考えたって、良く出来た妻が亡くなってからは、ダメな親であるぼくが、子供をマトモに育てられる訳ないやろ〜どんっ(衝撃)。本音を書いたら、血が飛び、涙が滴る修羅場の連続やないのパンチふらふら

 な、大阪のおばちゃんよ。何処だって大変なんやでexclamation。大阪のおばちゃん家の宇宙人フリーダイヤル見たいな、息子さんだって、それなりに苦労してんのやないのどんっ(衝撃)
 
 ぼくとこの娘も娘なりに一生懸命生きてるよパンチ

 親が見たらアホみたいな生き方だけど、とにかく親は我慢ふらふら我慢ふらふらの毎日や〜もうやだ〜(悲しい顔)

 大阪でのリレー・フォー・ライフかわいい、頑張ってや〜exclamation
ニックネーム ikkou at 20:18| Comment(6) | 日記

2006年11月20日

☆☆☆ 杉浦貴之・トーク&ライブ IN 大阪・姫路 ☆☆☆

 TAKA変酋長(杉浦貴之氏)の公演のご案内です。
 内容は以下の通り。
 お近くにお住まいの方は、ぜひ!



☆☆☆ 杉浦貴之・トーク&ライブ IN 大阪・姫路 ☆☆☆
   with いとうみゆき
  〜命の花 咲かせまっせ 2006


癌サバイバー歴7年!両親に告げられた言葉、「早くて半年、2年後100%生きていることはない」 今日も余命宣告を日々、“一瞬一瞬”更新中!

自らの波乱に富んだ人生を、熱く、優しく語ります。語りのあいだに、体験をもとにした7曲のオリジナル曲他を、伊東みゆきの美しいピアノのしらべにのせてお届けします。
最後はサプライズあり!!!全作詞BY変酋長、作曲は、伊東みゆき、Toshi小島、MAMI、変酋長 』

詩集はこちら!

http://homepage2.nifty.com/taka-messenger/poem.html

☆ 大阪 ☆

<日時>2006年12月17日(日)

<場所>クレオ大阪中央 セミナーホール
http://www.creo-osaka.or.jp/chuou/index.html

<開場> 14時15分 <開演> 14時30分

<料金> 1500円

<お申込・ご質問>
大阪花☆花会  090−8123−3349(北山)

※託児所あり

☆ 姫路 ☆ 

<日時> 2006年12月16日(土)
 
<開場>  午後6:00 開演: 6:30             

<場所> イーグレ姫路 アートホール(地下1F)
     (JR姫路駅から徒歩15分)
    http://www1.winknet.ne.jp/~egret-himeji/

<料金> 1,000円 (要予約)     

<主催> 薔薇御殿プロジェクト   代表 千姫

<お申込・ご質問>
079−286−8551(千姫)

メッセンジャーHP
http://homepage2.nifty.com/taka-messenger/
ニックネーム ikkou at 23:03| Comment(1) | 日記

2006年11月18日

ブログに書かなくても時間は進むのだ

 日曜日に駅前の本屋で買ってきた保坂和志の『小説の誕生』がむやみに面白くて、結局最後までズンズン読んでしまった。

 『小説の誕生』は、以前の『小説の自由』の続編で、新潮にまだまだ連載が続いているらしくて、最後まで読んだところで、結論がついた訳でもなくて、むしろどんどんと分らなくなる仕組みになっている。

 話はつぎつぎと色んな方向に伸びて、だから読む方は読みながら彷徨しちゃう訳なのだけれど、その彷徨じたいが面白いと感じる人には、その彷徨がいつまでも続けばいいと思ってしまう。

 世の中にはたくさんの小説家と称する人がいるけれど、本物の小説家なんて、実はすごく少ない。

 殆どの作家は、小説とはなんぞやなんて考えていないだろうし、読者がいっぱいいるのが、偉いとでも思っているのか、読むこちらをウンウンと考えさせてくれるような読み物なんて、土台書くが訳がない。(だって、そんなの売れないしね)。

 保坂和志氏は、その数少ない本物の作家のひとりだと思う。

 16・17日は、息子の定期考査があった。定期考査ってのは、ペーパーテストな訳で、三週間も前から、ほとんど毎日塾に行って勉強させられていた息子は、試験が終わった翌日に、友達と朝5時から自転車に乗って何処かに行った。
 学校で、夜遊び禁止と言われたので、朝遊びならいいだろうとの事だったパンチ

 嫌もうなんて言ったらいいのかるんるん

 16日の夜、娘からメールがあった。ライブの片づけで遅くなった。路バスで今から帰りますというもの携帯電話

 10時過ぎに「今何処にいる?」とメールすると折り返し電話があり、快速電車がなくなって、各駅の電車電車だから、全然進まない。だから特急新幹線に乗り換えるという。そこからの電車がなくなるかも知れないので、迎えに行く。

 夜中の12時に娘を拾って、家に帰る。娘はライブの片づけの前に、子供兵の講座で、両親を殺され、無理矢理兵隊にさせられた人が、学校に来て話をしてくれる事が急に決まったので、いっぱいの人に聞いて貰おうと、手作りのポスターを作ってたので、スクールバスがなくなったのだと言う。

 プリンターが壊れた。今日、サービスセンターに行って、直して貰う。

 そんなこんなで、ブログに書かなくても、時間はどんどんとあらぬ方向に進むのであったかわいい
 
ニックネーム ikkou at 14:01| Comment(3) | 日記

2006年11月12日

宿題

 ある方と約束をして、今年いっぱいまでに、宿題を片付けなければならないはめになったふらふら

 夏休みに、いっぱい出された宿題を、まったく手をつけず、夏休みが終わる一週間前になって、おそるおそる眺めた時のことを思い出してしまうもうやだ〜(悲しい顔)

 あまりの多さに、蒼ざめるがく〜(落胆した顔)。最早、全部をやる事は不可能だパンチ

 なんとか、形だけでもやった振りをしようと思うたらーっ(汗)
 
 で、机に向かうかというと、その前に、読み掛けの本を読まないと、それから机の上の整理整頓だ。

 そんな事をして一日が終わるふらふら

 昔の癖は、直らないもので、昨日は洗濯をした後、豚汁を作り、あまった時間で、ピアノの練習をしてしまった。

 バイエル併用の練習曲を、また最初から練習する。

 今日も、本を買ってきて途中まで読んだ後、ピアノに向かうるんるん

 さっきまで、本を探していたが、見つからない。

 こんな無意味な事で時間を潰す。

 なんとか、宿題を終わらせたいexclamation

 これから、あまりブログに書かないかも知れないペン

 そんな事を言って、やっぱり書くかも…。

 自分でも解らないexclamation×2
ニックネーム ikkou at 17:34| Comment(3) | 日記

2006年11月10日

油絵

 ルソー展に行って以来、なんだか油絵がやりたくなった。

 普段は印刷物を通してしか、絵を見てないけれど、原画を見れば、その素晴らしさに圧倒される。

 画家が筆でカンパスに塗り込めた情熱が、見ているこちらにはっきりと伝わる。

 ひとりの人間がいて、そのひとりの人間が、筆を持って、白いカンパスに向かう。彼は、自分の内なる世界を、描くために、格闘する。

 その格闘の様子が、原画には、はっきりと刻印されている。

 そんな事を言えば、音楽もそうかも知れない。CDで聞く音は、綺麗だけれど、なんとまあ、無機質に聞こえてくるだろう。

 人は、人のやる行為にこそ、親和力を感じるのだろう。完全ではない人間が、それでも完全なる理想を求めて、格闘する。

 そんな風に偉そうな事ばかり言ってもしょうがないなあ〜ふらふら

 昔、版画を作っていました。なぜ版画かといえば、たくさんできるからです。

 宮沢賢治の思想にかぶれていて、働く普通の労働者の芸術は、廉価なものでなければならと言って、賢治は日本の浮世絵を農民に鑑賞させたりしていましたから。(農民芸術論だと思います)。

 だから、一枚しか出来ないものを作りたくはなかったのでした。

 しかし、ぼくの作るものが、そんなに素晴らしいものではない訳で、一枚しか出来なくても、誰も欲しいとは思うはずもない訳で、だったら、趣味で油絵を描いても、いっこう平気なんだよね。

 どうせ老後は、暇な訳だしねえ…。

 どこかの油絵教室に入ろうかわいい勉強しようっとわーい(嬉しい顔)。と思う今日この頃いい気分(温泉)
ニックネーム ikkou at 22:08| Comment(6) | 日記

2006年11月08日

美しきもの見し人は

 ルソー展に行ったおかげで、最近は、美術関係の本を、本棚から引っぱりだしては、パラパラとめくる事が、多くなった本

 まあ、芸術の秋ともいうしねかわいい

 洲之内徹の美術エッセイは、面白くて、ついつい全部買ってしまった。今は文庫で出ているから、いいけれど、買った当時は三千円もした本を、よくまあ、全部揃えたもんだと、今さらながら、感心したりする。
 
 それもこれも、一度読んだら止められなくなるスノのさんの文章の面白さのせいだろうし、日本の画壇に無知だったから、スノさんのエッセイを読んで、知らない画家を知ることができたからだったりもする。

 昨日は、フト、とても繊細で美しい絵を残して、若くして亡くなった女流画家を思い出して、スノさんの「気まぐれ美術館」をひっぱり出して、読んでいた。

 田畑あきら子。1940年、新潟県西蒲原郡に生まれる。生家は酒屋。1959年。武蔵野美術大学洋画科に入り、1963年卒業。生活の資を得るため、母校の図書館に司書として勤める。彼女は非常な読書家であったよし。毎年グループ展に参加出品。1968年。初めて個展を開く。
 しかし翌年に発病。郷里に帰り、その夏8月27日、胃ガンのため死亡。27歳。

 あきら子の油絵が一点、口絵にカラー写真で載っている。全体がやわらかでぼんやりとした色に染められた画面に、これもまた消えそうな薄い色をした線が、横に縦にふらふらと現れ、あちこちにさまようよう。幼児の夢のようだと言えば、半ばは当たっていようか。

 スノさんなら、こう書く。「…おそらく彼女の抱いているイメージは、容易なことでは、画面に定着しないのであろう。フォルムがなかなか画面に出て来ない。彼女の場合、イメージといっても、それは、どう具体的イメージへも変わっていける原イメージの如きものであり、それ自身絶えず変形し続けるのだから、それを定着し、明示化しようとすれば、結局、描いては消し、描いては消しを繰り返すことになる。…」

 病院で、抗ガン剤の治療中、偶然、火事を見た。その夜から、あきら子の様子が変わった。
「ゴーキーが解った」と言ったそうだ。病気に抵抗することをやめ、痛み止めの麻酔も拒んだという。自殺の気配も見え、危なくて目が離せなくなったという。

 アーシル・ゴーキーは1948年に自宅で首つり自殺を遂げたが、その2年前に、彼の重要な作品が火事でほとんど焼けて、ゴーキーの死後、彼の作品は火を呼ぶというジンクスがあったのだそうだ。
 ゴーキーもガンで、手術をして良くなったそうだが、自動車事故の結果、右手が利かなくなり、精神に異常を来たし、自殺した。

 亡くなる1年前のアンケートに、あきら子は答えている。「好きな芸術家」『アーシル・ゴーキー。フランツ・カフカ。荒川修作』
「好きな銘句」『美しきもの見し人は、はや死の手にぞわたされけり。』

 まるで、彼女自身のための墓碑名のようだと、スノさんは書いておられる。
ニックネーム ikkou at 22:36| Comment(0) | 日記

2006年11月07日

シチューを作る

suwaru.jpg

 昼間晴れは思ったほど寒くはなかったが、陽が暮れると、急に寒さが身に沁みるような気がしてきた。

 いつものようにスーパーを物色していたら、シチューが食べたくなってきたいい気分(温泉)
 
 と言っても、今夜の夕ご飯には間に合わないパンチ。今日は、鰤を焼いて、済ませるつもり。

 それでもシチューが作りたくて、じゃがいも、にんじん、たまねぎ、シチューの元を買って帰り、夕ご飯の後、材料をザクザク切って、シチューを作り、遅く帰った娘に食べさせた。

 娘に感想を聞くと「おいしい」と言うので、とても満足わーい(嬉しい顔)

 放射線の治療をして帰ってきた妻は、喉やら食道やらが焼けて、固形物が食べられなくなってしまった。治療中は、ツバを飲むのさえ、痛がった。

 市販のおかゆを買ってきて食べさせたが、まずいそうに顔をしかめるふらふら

 もうどうしようもなくなって、ぼくは生まれてはじめて、シチューを作って、妻に食べさせた。中に入れるじゃがいももにんじんもたまねぎも肉も、妻が食べやすいように、みんな細かく切った。

 作った熱々のシチューを妻は美味しいと言って、食べてくれたわーい(嬉しい顔)

 だから、ぼくの作るシチューは、今でも具がどろどろに溶けて、原型をとどめていない。

 この季節になると、シチューを作りたくなるのは、そんな事を思い出すからなのだろうかねえたらーっ(汗)
ニックネーム ikkou at 23:16| Comment(4) | 日記

2006年11月05日

パンツを買いに

 二三日前に、何気なく座ったら、お尻からビリッどんっ(衝撃)という音がして、慌てて探ると、パンツが切れていたふらふら

 このパンツをいったいいつ買ったのか、記憶にないパンチ

 2年前かどんっ(衝撃)3年前かパンチ

 チョンガー暮らしも長くなると、そうとうにむさ苦しくなるのは、これも男の必然かわいいなのだろうかぴかぴか(新しい)

 という訳で、パンツを買いに行った。

 ついでに住区センターに寄って、展示してあるおふくろの作品を見学目

 絵手紙と、習字と、生け花を見るわーい(嬉しい顔)。住区センターは、秋のお祭りで、展示の他、舞台のある部屋では、地元の老人会の皆様が、踊りを披露しているらしく、満員御礼のにぎやかさだるんるんるんるんかわいいぴかぴか(新しい)

 そこを出て、テクテク歩いて、パンツを買いにいったわーい(嬉しい顔)
 
 二枚980円かわいい。Mを買おうとしたが、自らのお腹を見て、考え直して、Lサイズを買うパンチ

 このパンツいい気分(温泉)、何年持つのだろう…ダッシュ(走り出すさま)
ニックネーム ikkou at 19:54| Comment(6) | 日記

ルソーの見た夢

rousseau.jpg
 
 土曜日は、世田谷美術館で開催されている『ルソーの見た夢、ルソーに見た夢』の展覧会に行ってきた。

 副題として「アンリ・ルソーと素朴派、ルソーに魅せられた日本美術家たち」となっているように、ルソーの絵画ほか、素朴派といわれた人たちの絵画、ルソーに影響を受けた日本の画家たちの絵画が、およそ120点ばかりが展示されていた。

 岡鹿之助も、松本俊介も、有本利夫も、横尾忠則も、とても良かったけれど、ルソーの原画からは、底知れないオーラが出ていて、見るこちらを圧倒したどんっ(衝撃)

 ルソーはいわゆる日曜画家で、絵画の勉強はまったくしなかったという。
 アンデパンダン展に出品するごとに、一見幼稚なような絵は、皆に笑われたというエピソードは、あまりに有名だ。

 デッサンの狂いもない作品たちの中で、ルソーの絵画は、おそろしく得意な光芒を放っていたろうから、見学に来た人たちは、揶揄と嘲笑を浮かべるぐらいしか、術はなかったのかも知れない。

 それにしても、ルソーの描く世界は、なんと不思議な静寂に包まれている事だろう。遠近法もなにもない風景のなかで、影を持たない人物が、ぽつねんと立っている姿は、いつか見た夢の印象にそっくりな気にさせる。

 世田谷美術館は砧公園のなかにあって、展覧会を見終わって、会場から出てくると、緑の木々たちが、どんよりと曇った空を背景に、公園を覆っている景色が、まるで今見てきたルソーの絵そっくりなので、唖然としたのだったがく〜(落胆した顔)
ニックネーム ikkou at 00:24| Comment(0) | 日記

2006年11月03日

永沢光雄さんが逝く

 驚いた事に、W・スタイロン氏の死去ののっていた夕刊紙の下に、永沢光雄さんの訃報ものっていたふらふら
 
 肝機能障害のため自宅で死去、47才(なんという若さexclamation)となっているが、02年に下咽頭ガンの手術を受けて、声をなくしていた事を、どこかで読んだ記憶が蘇った。

 永沢さんの事は、文春文庫の『AV女優』を読んで知った。91年から96年にかけてアダルト・ビデオの世界で生きていた少女たちへのインタビュー集なのだけれど、その少女たちに接する永沢さんの姿勢が、眼差しが、ものすごく良くて、ぼくのなかでは、カッコいい男の代表選手みたいに思っていた。その人が、こんな若さで亡くなった記事を見て、ショックだったもうやだ〜(悲しい顔)

 『AV女優』の文庫本の作り方も実に実にカッコいいかわいい。エロネタや下品さを期待して読むと、完全に裏切られるパンチ。まさに今現在の日本の現実を、彼女たちのインタビューを通して、嫌というほど理解させられるだろうどんっ(衝撃)

 まさに永沢光雄ここにありといった、いい仕事だった。インタビューの掲載誌は、裸の女の子が満載のエログラビア雑誌だったけれど、それにもめげず、彼は志の高い記事を書いた。

 いい仕事は、誰かの目にとまるもんだ。文春の編集者が「本にしませんか」と声を掛けてくれて、永沢さんは日の目を見た。
 そのエピソードものっている。
 
 文庫本の解説を民俗学者の大月隆寛氏が書いておられる。「…永沢光雄。36歳。昨年の年収300万円。奥さんは焼き鳥屋で働いている。そのなれそめも実にいい…」。
ニックネーム ikkou at 21:46| Comment(0) | 日記

お墓参り

 おふくろが、今日お墓参りに行こうと言う。

 中旬だと、七五三とぶつかって、混むし(って、なんでお墓が?)がく〜(落胆した顔)、明日明後日は老人会の発表会で忙しいからというひらめき
 
 息子に予定と聞くと、9時から12時まで塾ペン。娘に予定と聞くと、昼まで寝ていて眠い(睡眠)、1時頃に遊びに行く予定だと答えるパンチ。(ああそうかいそうかいパンチ)。

 そこで、息子が塾から帰ったら、行く事にするわーい(嬉しい顔)

 昼過ぎに息子が塾から帰って来たので、みんなでお墓参りに行く車(RV)

 晩秋とは思えない暖かさで、シンと静まったお寺には、キラキラとした陽光が降り注いでいたぴかぴか(新しい)

 いつものようにお墓を洗い、花を添え、お線香を上げてぼうぼうと手を合わせた。

 遊びに行くという娘を最寄りの駅で下ろし、おふくろとぼくと息子は和食のファミレスに行き、遅い昼食を食べるレストラン

 おふくろに、明日の老人会の催しの事を聞くと、明日は生け花を作るとの事。

 その他、絵手紙の会と、習字の会にも入っていて、絵手紙も習字も、もう作って持っていったとの事。生け花だけは、その日に作らなければならないのでと言う。(ハア。凄いねえ…)。

 それから、老人会の内輪の話をしてくれる。どこでも、人が集まれば、内輪モメやら、派閥やらがあるから、大変だとの事ふらふら

 嫌気が差して、出てこない人もあるとかどんっ(衝撃)。老人は特に頑固で、人のいう事なんて聞かないから、講師の先生も大変だろうねえと、こぼす。

 私はそういうのを聞かないようにしているから、いいけど、気になる人だったら、嫌だろうねえとの事でした。

 老人にしてからが、つまらない派閥争いやら、いじめをしてるんだものねえ…どんっ(衝撃)

 子供のいじめがなくならない訳だねえふらふら

 

 

 
 
ニックネーム ikkou at 18:58| Comment(2) | 日記

2006年11月02日

ソフィーの選択

 夕刊に小さく、W・スタイロン氏死去の記事がのっていた。

 ウイリアム・スタイロン氏の生涯について、ぼくはまったく知らないけれど、氏が書いた小説「ソフィーの選択」だけは、今でも忘れずにいる。

 後に、メルリ・ストリープ主演で映画化映画されたものも、見たけれど、映画は原作に遠く及ばないと記憶している。

 新潮文庫で上下の二冊の長編小説だから、細部はほとんど覚えていないけれど、それでも、この小説の印象は強烈で、小さな死亡記事を見て、追悼の文を書く気にさせた。

 小説のヒロインはアメリカに移住した若く美しいポーランド女性のソフィー。

 彼女は戦争中ナチスの強制収容所「アウシュビッツ」に長期間収容されていた過去を持ち、そのために、身体も心も傷付いている。

 図書館で急に意識を失った彼女を助けた事で、彼女の恋人になった一風変わったところのあるネイサンによって、ソフィーの過去のキズは除々に癒され、危ういけれど、楽しい日々が続く。

 ソフィーは過去の忌わしい出来事から逃れるように、ネイサンとの愛の溺れる。

 しかし、今がどんなに楽しくても、楽しければ楽しいほど、過去の忌わしい出来事が、ソフィーを苦しめる。

 ソフィーにはふたりの子供がいた。男の子と女の子。ふたりの子供を守るため、ソフィーはどんな事でもした。

 しかしソフィーと子供たちは、ナチスの強制収容所へ。ナチスの親衛隊の医官は、ソフィーに言う。「お前はユダヤ人じゃない。だから特権を与えてやる。選択の特権を。子供のうち一人を残してよろしい。どちらかを選べ。選べなければ、ふたりともあっちにやるぞ」と。
 あっちとは、ガス室の事。

 ソフィーは泣き叫ぶ。「あたしには選べません」
 軍医は部下に言う。「それじゃふたりともあっちへ」
 ソフィーは言う。「この子をとって!あたしの女の子を連れていって!」…。

 ソフィーは生きようとしたけれど、過去を断ち切る事は、出来ようはずもなく、恋人のネイサンと心中して、この哀しい愛の物語は終わる。
ニックネーム ikkou at 23:31| Comment(4) | 日記

2006年11月01日

晩秋

 11月になった曇り

 11月15日に妻が亡くなったたらーっ(汗)

 あれから、4年になろうとしている。

 早いのか、遅いのか…。思い出すと、胸騒ぎがするどんっ(衝撃)

 中学生のいじめによる自殺が、頻繁に報じられているパンチ
 
 未履修問題で、高校の校長先生まで、自殺したあせあせ(飛び散る汗)

 そうかと思えば、校長のパワーハラスメントで、女先生が自殺したと新聞記事にあったたらーっ(汗)

 自殺は、本人にしか分らない苦しみを苦しみ抜いての結果だろうけれど、せっかくここまで、手塩に掛けて育てた子供に死なれた親にしてみれば、たまったもんじゃないだろうねどんっ(衝撃)

 愛する人に死なれた経験ほど、辛いものは、ないんじゃないだろうかあせあせ(飛び散る汗)

 こんな辛い目に合うのなら、先に死んだ方がましだと、心底思ったものもうやだ〜(悲しい顔)

 せめて、自死だけは、やめて欲しいよパンチ。学校行くのが辛いなら、行かなきゃいいじゃんパンチ

 嫌いな人とは、会わなけりゃいいじゃんexclamation
 
 なんでそんなに仲間はずれが恐いのよパンチ

 …ああ、とにかく11月になった。

 あれからもうすぐ4年になる。

 早いのか、遅いのか…。
ニックネーム ikkou at 21:16| Comment(13) | 日記