土曜日に休みを貰って、
京都の
法然院に行った。
柳原和子さんの一周忌の集いの案内状を貰ったので、出席する事にしたのだ。
彼女には生前、言葉ではいい表せない程の好意を受けた。
ここにはちょっと書けないけれど、ぼくの為に、奔走してくれた事もたくさんあった。
その好意に報いることも出来ないで、彼女は亡くなってしまったけれど、亡くなった後も、彼女のぼくへの励ましは、くじけそうになるぼくの今の心を、支えてくれていると思う。
だから、会社に無理を言ってまでも、休みを貰い、京都に出かけた。
法然院は、銀閣寺から南禅寺方向に、哲学の道をすこし歩いたところにあった。
有名な寺社が多い京都のなかで、その存在をぼくはそれまでまったく知らなかったけれど、行ってみて驚いた。
なんとも素敵なお寺の風情なのだ。
後で聞いた話しだと、柳原さんが京都に住んだ訳は、この法然院があるからなのだそうだ。
辛い
病院でのガン治療を抜け出して、彼女は何度も法然院にやってきては、心の平安を取り戻したそうだし、京都を去る決心をし、
東京のホスピス病棟に行くことになった最後の日には、タクシーを待たして、法然院の石畳みに何時間もぬかずいて、お別れのお祈りをしていたと、おねえさんがおっしゃっていたのが、頭を離れない。
ぼくが偶然に
テレビで見た、柳原さんと鶴見俊輔さんとの対談の場所も、この法然院の庭だったのだと、知らされ、日本人の自然との調和を芸術までに高めた美しい庭を、あらためて感歎と共に眺めたのでした。
彼女は、亡くなった後も、こうしてぼくを導いてくれたのかと、思うのでした。
柳原さんゆかりの人たちが、たくさん集まっておりました。
この集まりを企画したのは作家の田口ランディさんで、柳原さんは生前、しのぶ会だけは絶対にしないでねと言われていたので、どうしようか迷ったけれど、法然院ならば、彼女も許してくれるだろうと思って、ここにしましたとおっしゃり、だからめそめそした会にはしいないつもりですといい、ゆかりの人のジャズ演奏ありの彼女の作品の朗読ありのの会でしたが、最後になって、来てくれた人、ひとりづつに一言、思い出を語って下さいと、多分柳原さんだったら、絶対そういうに違いないからと、いい、マイクを回しました。
だから、楽しい話題も多かったけれど、泣きながら彼女の思い出を語った人もいました。
ぼくは、彼女の仕事仲間でもないし、業界の人でもないし、ガン友でもないし、ぼくが受けた彼女からの好意を話してもしょうがないので、彼女の見た事もないすごい性格にビックリした話しをしました。
なにしろ彼女は自分の
出版記念の席で、みずから司会をし、話しをする人を使命しては、それに反発したり、訂正をくわえたり、
医療の矛盾を糾弾したりと、出席した人の誰よりもエネルギッシュに振舞っていたのが、忘れられないし、この人の側にいる人は、大変だろうなあと思ったと、話したのでした。
もしここに彼女がいたら、ここの全員がかかっても、かなわないんじゃないでしょうかと、締めくくると、割れんばかりの拍手を貰って、ああこれで、しのぶ会にならなくて良かったなあと、安堵したのでした。
こうして会がめでたく終わり、ひとりで法然院を去り、京都駅までのバスを待っていると、うら若い女性が声を掛けてきました。
なんでも彼女は今日の午後、ひとりで京都
観光に来たそうで、平等院に行き、銀閣寺に来たら、こんな時間になっちゃって、明日は朝九時に、東京に行くので、いまからどこか見るとこないですかと言うのでした。
だって、その時はもう午後の五時を回っていて、あたりはすっかり夕暮れ。ディズニーランドなら今からでも光のバレードを見れるけれど、お寺は閉まっいるに決まっているじゃんと言うと、清水寺はここから遠いですかなんて言うので、銀閣寺より清水寺に先に行けよなおい。修学旅行だと、清水寺が先なんだよと、清水の舞台から飛び下りる気持ちって知ってると聞くと、ハアなんですかそれって言うので、ことわざだよ。死んだ気でやるっていう時に使うのよ。ハア。なんて話していたら、分かったよ。すこしは京都観光の気分になりたいんだろ。今から。はい。なんて返事するから、そんじゃ、哲学の道を歩いて、南禅寺のでかい門なら、暗いけれど今でも見れるからそこ行こうって言って、うら若い女性連れて、暗くなった哲学の道を一緒に歩いた。
歩きならが話しを聞くと、
山梨から来た女性で、今年大学を卒業して、就職するから、それまでに、京都観光をしようと決めて、来たんだそうだ。友達誘ったら、お金がないからと断わられたので、ひとりで来たんだそうだ。
そんで明日は、東京渋谷に行くので、今しか観光できないと言う。ぼくはその時、京都まで来たなら、私の家まで来てよと、
恋人に誘われていて、だから京都で、電車に乗って、恋人の家まで行く気でいたんだけど、まあ、ついつい、うら若い女に声を掛けられて、てくてく歩く事になった。(それって、スケベ心もあったのか!)
すっかり暗くなった道をふたりで歩いて、南禅寺に入り、おおきな門を見学し、ついでに
写真まで撮ってあげ、恋人からの電話に、事情を話し、その女にも電話に出て貰って、こんな事ですこし遅れるっていい、地下鉄に乗って京都駅まで行き、駅ビルで夕飯を食べて、気やすく男に声を掛けるととんでもない事になるから気をつけてねと親父的な忠告をすると、私、男を見る目はあるから大丈夫って言われた。
おお、そうかいそうかい。俺って、安全パイな男なのねえ〜って思って、勘定払おうとしたら、私におごらせてだって。
改札で、その彼女と別れ、急いで切符買って、恋人のところまで行ったのだ。
夜中の十一時になっていた。恋人、ぼくが若い女性といるのに、ちょっと釘を差した。
もし私が若い男と一緒だって言ったら、あなた嫉妬するんじゃない!ねえ、どうなのよって言われてしまったのでした。
ホント、昨日今日は疲れた。