2009年04月05日

頭を下げる

 昨日は、怒り狂ってやってきた姉ちゃんに、何度も頭を下げて、機嫌を直して貰い、営業を再開した。

 とんかく、我慢がまんガマン!

 姉ちゃんの技を覚えるまでは、忍耐の毎日を送る事になるでしょう。

 俺の選択は、間違っていないのか?

 でも、やると決めたんだから…。やるって、決めたんだから…。
ニックネーム ikkou at 13:34| Comment(2) | 日記

2009年04月04日

ピンチ!

 店に出て、二日目で、いきなりピンチになってしまった!

 店は、おふくろがはじめた。
 
 だから実家が居酒屋なんね。
 
 おふくろが高齢になって身体が動けなくなってからは、姉ちゃんがやっていた。

 その姉ちゃんに教えて貰えと、姉ちゃんは、きついから、とにかく覚えるまで、我慢してね。喧嘩はしちゃだめよと、はじめる前におふくろに懇々と諭されていたのに、二日目で、喧嘩してしまった。

 お前とはやっていけないと、姉ちゃんがタンカを切って、帰ってしまったのだ。

 もう店はやらない。お前ひとりでやればいいでしょと、姉ちゃんが言い、姉ちゃんがいなけりゃ、店が出来ないだろと言うと、おふくろに教えて貰えばいいじゃないと、静止を振り切って、姉ちゃんが帰り、ぼくは開店前の店で、呆気にとられ、茫然自失した。

 それで、急いで、外に出していた「のれん」と「赤ちょうちん」を閉
まって、おふくろのところに行って、どうしようと泣きつくと、だからあれほど喧嘩しちゃだめと言ったのに、もうどうしようもないわねと言われた。(あたり前だけど!)

 で、どうしようとおふくろに聞くと、店はやるしかないでしょ、「のれん」はどうしたのと聞くから、閉まったと答えると、すぐに行くから、「のれん」を出しときなさいとおふくろが言ったのでした。

 おふくろ、今年八十才で、身体があちこち痛くて、病院通いの身だし、姉ちゃんに店を任せてから、かなりの年数が経っているから、姉ちゃんが作って出しているメニューも分からない。

 ぼくは、まるっきり分からない。だって見習い二日目だし!

 おふくろとにかく、何とかなるからと言う。

 昨夜は、いつもと違う顔が、カウンターの中にいるので、常連客も不信気に飲み物だけしか注文しない。

 暇だったし!

 今日は土曜日だ。お客さんも多い。

 おふくろは、店を開けると言う。

 なんとかするから大丈夫だからと、言う。

 俺、心配でほとんど眠れない!

 俺、ピンチ!

 でも頑張るしかない!

 一刻も早く料理を覚えるしかないのだ!
 
 俺、ピンチ!
ニックネーム ikkou at 09:41| Comment(0) | 日記

2009年04月02日

退職!

 三月三十一日を持って、退職しました。

 なんか、めたくたに疲れた。

 休みになると、ほとんど一日、死んだように眠る日々!

 休みが一日あれば、一日。二日あれば二日、死んだように寝ている。

 つくづく過酷な肉体労働に、向いてないんだなあと、思ったのであります。


 で、この先、何をして食べていくかってか!

 居酒屋の親父になるねん!(なんで関西弁になるのや〜!)

 やきとり屋の親父になるねん!

 この先、厳しい板場の修行が待ってるねん!

 (アハハハハア〜!)って、笑ってる場合か!

 ああ、でもまだ疲れが取れないねん(涙)

 ほんのすこし、休ませておくれやす〜って、なんで京都言葉になるかというと、昨日『舞子はんんんんん〜』のDVDを見たからやす。

 ほな、お休みやす〜〜〜。
ニックネーム ikkou at 10:52| Comment(4) | 日記

2009年03月08日

京都・法然院

 土曜日に休みを貰って、京都法然院に行った。

 柳原和子さんの一周忌の集いの案内状を貰ったので、出席する事にしたのだ。
 
 彼女には生前、言葉ではいい表せない程の好意を受けた。

 ここにはちょっと書けないけれど、ぼくの為に、奔走してくれた事もたくさんあった。

 その好意に報いることも出来ないで、彼女は亡くなってしまったけれど、亡くなった後も、彼女のぼくへの励ましは、くじけそうになるぼくの今の心を、支えてくれていると思う。

 だから、会社に無理を言ってまでも、休みを貰い、京都に出かけた。

 法然院は、銀閣寺から南禅寺方向に、哲学の道をすこし歩いたところにあった。

 有名な寺社が多い京都のなかで、その存在をぼくはそれまでまったく知らなかったけれど、行ってみて驚いた。

 なんとも素敵なお寺の風情なのだ。

 後で聞いた話しだと、柳原さんが京都に住んだ訳は、この法然院があるからなのだそうだ。

 辛い病院でのガン治療を抜け出して、彼女は何度も法然院にやってきては、心の平安を取り戻したそうだし、京都を去る決心をし、東京のホスピス病棟に行くことになった最後の日には、タクシーを待たして、法然院の石畳みに何時間もぬかずいて、お別れのお祈りをしていたと、おねえさんがおっしゃっていたのが、頭を離れない。

 ぼくが偶然にテレビで見た、柳原さんと鶴見俊輔さんとの対談の場所も、この法然院の庭だったのだと、知らされ、日本人の自然との調和を芸術までに高めた美しい庭を、あらためて感歎と共に眺めたのでした。

 彼女は、亡くなった後も、こうしてぼくを導いてくれたのかと、思うのでした。

 柳原さんゆかりの人たちが、たくさん集まっておりました。

 この集まりを企画したのは作家の田口ランディさんで、柳原さんは生前、しのぶ会だけは絶対にしないでねと言われていたので、どうしようか迷ったけれど、法然院ならば、彼女も許してくれるだろうと思って、ここにしましたとおっしゃり、だからめそめそした会にはしいないつもりですといい、ゆかりの人のジャズ演奏ありの彼女の作品の朗読ありのの会でしたが、最後になって、来てくれた人、ひとりづつに一言、思い出を語って下さいと、多分柳原さんだったら、絶対そういうに違いないからと、いい、マイクを回しました。

 だから、楽しい話題も多かったけれど、泣きながら彼女の思い出を語った人もいました。

 ぼくは、彼女の仕事仲間でもないし、業界の人でもないし、ガン友でもないし、ぼくが受けた彼女からの好意を話してもしょうがないので、彼女の見た事もないすごい性格にビックリした話しをしました。

 なにしろ彼女は自分の出版記念の席で、みずから司会をし、話しをする人を使命しては、それに反発したり、訂正をくわえたり、医療の矛盾を糾弾したりと、出席した人の誰よりもエネルギッシュに振舞っていたのが、忘れられないし、この人の側にいる人は、大変だろうなあと思ったと、話したのでした。

 もしここに彼女がいたら、ここの全員がかかっても、かなわないんじゃないでしょうかと、締めくくると、割れんばかりの拍手を貰って、ああこれで、しのぶ会にならなくて良かったなあと、安堵したのでした。

 こうして会がめでたく終わり、ひとりで法然院を去り、京都駅までのバスを待っていると、うら若い女性が声を掛けてきました。

 なんでも彼女は今日の午後、ひとりで京都観光に来たそうで、平等院に行き、銀閣寺に来たら、こんな時間になっちゃって、明日は朝九時に、東京に行くので、いまからどこか見るとこないですかと言うのでした。

 だって、その時はもう午後の五時を回っていて、あたりはすっかり夕暮れ。ディズニーランドなら今からでも光のバレードを見れるけれど、お寺は閉まっいるに決まっているじゃんと言うと、清水寺はここから遠いですかなんて言うので、銀閣寺より清水寺に先に行けよなおい。修学旅行だと、清水寺が先なんだよと、清水の舞台から飛び下りる気持ちって知ってると聞くと、ハアなんですかそれって言うので、ことわざだよ。死んだ気でやるっていう時に使うのよ。ハア。なんて話していたら、分かったよ。すこしは京都観光の気分になりたいんだろ。今から。はい。なんて返事するから、そんじゃ、哲学の道を歩いて、南禅寺のでかい門なら、暗いけれど今でも見れるからそこ行こうって言って、うら若い女性連れて、暗くなった哲学の道を一緒に歩いた。

 歩きならが話しを聞くと、山梨から来た女性で、今年大学を卒業して、就職するから、それまでに、京都観光をしようと決めて、来たんだそうだ。友達誘ったら、お金がないからと断わられたので、ひとりで来たんだそうだ。

 そんで明日は、東京渋谷に行くので、今しか観光できないと言う。ぼくはその時、京都まで来たなら、私の家まで来てよと、恋人に誘われていて、だから京都で、電車に乗って、恋人の家まで行く気でいたんだけど、まあ、ついつい、うら若い女に声を掛けられて、てくてく歩く事になった。(それって、スケベ心もあったのか!)

 すっかり暗くなった道をふたりで歩いて、南禅寺に入り、おおきな門を見学し、ついでに写真まで撮ってあげ、恋人からの電話に、事情を話し、その女にも電話に出て貰って、こんな事ですこし遅れるっていい、地下鉄に乗って京都駅まで行き、駅ビルで夕飯を食べて、気やすく男に声を掛けるととんでもない事になるから気をつけてねと親父的な忠告をすると、私、男を見る目はあるから大丈夫って言われた。

 おお、そうかいそうかい。俺って、安全パイな男なのねえ〜って思って、勘定払おうとしたら、私におごらせてだって。

 改札で、その彼女と別れ、急いで切符買って、恋人のところまで行ったのだ。

 夜中の十一時になっていた。恋人、ぼくが若い女性といるのに、ちょっと釘を差した。

 もし私が若い男と一緒だって言ったら、あなた嫉妬するんじゃない!ねえ、どうなのよって言われてしまったのでした。

 ホント、昨日今日は疲れた。
ニックネーム ikkou at 22:33| Comment(0) | 日記

2009年02月19日

若いという字は苦しいという字に似ているわってか

 いろいろあるよなパンチ

 娘が社長と喧嘩して、会社を辞めてきた爆弾

 会社に入って、二週間目のことでしたたらーっ(汗)

 その出来事を、恋人から聞いたたらーっ(汗)
 
 会社を飛び出した娘は、ぼくが足の治療を受けた、整体院に行った。

 娘の目的は、Y先生に会う為だった。

 Y先生は、この整体院には、月のうち、二日程くるようだ。

 それも月により日程はまちまちで、予定は、月によって違うので、いつ来るのかは、予約を入れた客にしか分からないexclamation&question

 だから、娘は先生に会えるとは知らずに、いつ来るのか聞きにいったのでした。

 つまり娘はすごく困って、大人の信頼できる人に、相談しよう、話しを聞いて貰おうと、思った訳なのです。

 その相手がY先生で、親であるぼくじゃないのが、悲しいけれど、こういう場合は、年上の同性じゃなきゃダメなのだろう。

 母親がいれば、母親に相談しただろうが、母親はいない。ずっといない…。

 娘は必死になって、整体院に行った。するとそこにY先生がいたのでした。

 その偶然に、娘は驚いていた。

 Y先生はこの日と次の日の二日だけ、この整体院にいて、ぼくには祈祷をしたお守りを取りにくるようにと、恋人を通じて言っていたけれど、ぼくは仕事で取りにいけないので、娘に取りにいって貰うように、後から頼むつもりでいたけれど、ずぼらなぼくは、娘にそのことを言わないでいたら、恋人が娘にメールを出してくれたのだけれど、娘はそのメールを見ることもなく、整体院に行き、Y先生に会って、事の顛末を訴えたらしいのだ。

 ぼくが本当に足が痛くて、困ってしまい、なんとか治して貰おうと、偶然にもその整体院にいき、Y先生に会って、足の痛みの原因を取り除いてもらった。

 まさに偶然にもexclamation

 前にも書いたように、Y先生には、会おうと思っても簡単に会える訳じゃない。

 九州からわざわざやってくる訳だから、事前に予約しないと会えないのだ。

 ところが、ぼくは偶然にも先生の治療を受けることができ、足の痛みを取って貰い、娘は娘で、本当に困ってしまい、相談にのって欲しいと切に願って、整体院に行くと、Y先生がいて、話しを聞いて貰い、気持ちを切り替える事ができた。

 それも全部、無料だったわーい(嬉しい顔)

 おまけに、先生が願を掛けたお守りと、幸福が訪れるという牛の切り画まで貰った。(これ先生が作ったのかなあ。ぼくが先生のことをシャガールの牛に似てるって書いたから、牛の切り画を作ったのかなあ)

 なんだか、不思議なことが続く。

 それにしても、次から次といろんなことが起こるもんだねえ。

 ハア〜いい気分(温泉)
 
ニックネーム ikkou at 19:12| Comment(2) | 日記

2009年02月15日

二月は生まれ月だけれどね

 二月は、ぼくの生まれた月で、個人的には好きな月なんだけれど、運勢的には、良くない月で、あまりいい思い出がないのが残念だね。

 東京では、二月は一番寒い月で、一月よりも、二月に雪が降った記憶の印象が強いのだけれど、どうだかは、分からない。

 寒くて、不運な印象ばかりが残る二月は、だから家に籠ってばかり。今日も休みだけれど、まだ一歩も外に出ていない。

 ほとんど蒲団で寝ているのだ。

 なんだか、鼻がむずむずするのは、花粉症が原因だろうか。鼻水もだらだら出るぞ。

 昨日のバレンタインディーだとかで、冷蔵庫には失敗した手作りチョコレートが山のようにあって、娘からの「食べていいよ」のコメントが、冷蔵庫のドアに張ってあった。

 成功したチョコレートケーキを持って、娘はカレシの元に行ったようだけれど、大量に買っておいた卵が全部なくなっていて、いったい娘はそれで何を作ったのだろうかねえ。

 まあ、いいや。青春してる娘は、しあわせそうだから、いいや。

 親は休みが増えて、暇になったけれど、お金はなくなって、だからなるべく外に出ないようにしているという、トホホな窮乏生活になってしまったけれど、元々、あまり消費生活をしていた訳じゃないから、まあいいや。

 辛抱辛抱していって、それでどうなるのかねえ。

 先が見えないから、不安なんだろうけれど、じゃ先ってなによって、思う。

 この先食えなくなる?

 路上生活者に転落する?
 
 いい暮らしがしたいの?

 いい暮らしって何?

 ぼくが生きて楽しいなあって、心底思えたのは、面白い本を読んで、感動した時だとかね。

 いい映画を見て、よかったと思った時だとかだしねえ。

 いい女との楽しい一時は、こりゃまた最高だけれど、それもまた気のあった女性だからだし、性格合わなきゃ、どんなに外見がよくてもダメだろうし…。

 大江健三郎の「洪水はわが魂に及ぶ」という小説を昔読んだことを、ここで唐突に思い出し、あそこで、イナゴという不良の少女が出てきて、『性的微行を求めて』だったかの章で、主人公とセックスをするんだけれど、イナゴ(多分伊奈子のもじりだろう)という名の少女は、それまでセックスでイッタことがなくて、主人公とのセックスで、イクことを経験するまでが書いてあって、まだ女性との関係なんか全然なかった十代の奥手だったぼくは、息を飲むようにその文章を追っていったのを、今思い出して、あの章は、いまでも好きだなあと思ったりして。

 で、ぼくの幸福って何よって、また本題に戻ってね。

 やっぱいいものに出会って、感動できるってのが最高だろうって、ね。

 できたら、自分もそんなの作りたいって思ったりしてね。

 この間読んだ、「宿屋めぐり」もそうとうに面白くって。町田康も、いいよ。

 人間の生きている意味って奴を、するどくも滑稽に突き詰めて…。最初なんだか全然分からないで読んでいて、それがずっと続くのだけれど、(なんせ七年も掛けて書いたらしいっす)

 最後の最後で、なるほどねえと歓心して、この結末を納得させるために、これだけの長さが必要だったんだと、作者の企みと、努力に感動したのでした。
ニックネーム ikkou at 16:57| Comment(0) | 日記

2009年02月05日

ひどい疲れ

 先週だかの休みに、おふくろを連れて、あのいつものお風呂いい気分(温泉)のでっかいのに行って、疲れた身体を癒したんだけれど、(おふくろも泡風呂がとても気持ちがいいって、喜んでくれたのにわーい(嬉しい顔))帰ってきたら、湯あたりがしたのか、ものすごく疲れて、そのまま蒲団で寝てしまったら、もう起きられないほどの疲労だ爆弾

 でも翌日は仕事で、だるい身体に鞭打って、ふらふらしながら朝出かけたけれど、ひどい雨でさあ〜雨。歯の根が合わないほどガチガチ震えながら、雨と風に打たれて、仕事をしたんだよもうやだ〜(悲しい顔)

 なんか、もうなにもしたくない最悪の気分だったけれど、それでも仕事するんだよね。

 もしかすると過労死するんじゃなかろうかと、フト思ったりしたねえパンチ

 それでやっと家に辿りついて、風邪クスリ飲んで寝たけれど、翌日もまた雨と風雨台風

 風邪はいっこうに良くならず、身体の節々が痛いのなんのって、「ああ嫌だ嫌だ。こんな人生もう嫌だって」愚痴をいいまくりながら、仕事をしていたのだよ君パンチ

 今もまだ風邪は抜けきれずに、鼻水は出るわ。頭がふらふらするわで、気分は良くないのだよ。ねえ、そこの君。

 でも会社じたいの業績は非常に悪いみたいで、しょちゅう休みになって。

 おかげで、休みはほとんど寝てるんだけどたらーっ(汗)

 娘が就職して、朝ちゃんと起きて、仕事に行っていやがって、息子のお弁当も作ってくれて、ちょっと助かって。

 だから、休みに日に、夕飯何食べたいって、朝の出がけに聞いたら、スキヤキが食べたいって言うから、スキヤキの材料買ってきて、おふくろに、スキヤキのたれの作り方を聞いたら、醤油に砂糖に、料理酒を適当に味見しながらまぜるなんて言う、いつものアバウトなアドバイスを貰って、それで適当に作って、娘が帰ってきたので、みんなでご飯にして、スキヤキの感想を聞くと、まあまあなんて言うし、ごま油を少々入れると、美味しいなってくだらない事いいやがって、お前はなんでもごま油を入れるといいとしか言わないけれど、それってなんでexclamation&question

 それでまあ、好きな食べ物とか、嫌いな食べ物の話しなんかして、おとうさんはエビが嫌いだけど、なんで、カニとたいして違わないじゃんと聞くので、エビのエビエビしたところが嫌なんだよって言った。だいいち、エビはカニ歩きしないで、跳ねるでしょ。口のなかでぴょんぴょんかわいい

 息子はきのこの類いが苦手なのは、なんでや〜。あれって美味いじゃんて聞くと、食感が嫌なんだよだって。

 だけど、美味いじゃんねえるんるん
ニックネーム ikkou at 20:59| Comment(0) | 日記

2009年01月26日

「宿屋めぐり」

 朝、仕事が休みなのにも関わらず、早めに起きて、息子の弁当を作って、新聞読んで、自分も軽く朝ご飯を食べて、息子が学校に行くのを見定めて、そんじゃ、町田康の『宿屋めぐり』の続きを読もうなんて思って、しばらく読んでいたら、急に眠くなって、蒲団に横になったら、完全に寝てしまって、起きたら三時で、一日のほとんどが終わっているじゃないのもうやだ〜(悲しい顔)

 かなり疲れているんだよねえ…。実際問題…。

 昨夜は、息子と娘におごってと言って、三人でガストに行って、夕飯を食べたレストラン

 まあ、これでも親なもので、息子がつまらなそうな顔をしているので、なんとか明るい気分にさせようと思い、ハチャメチャな娘の協力を仰ぎ、ご飯を食べながら、息子の気分を晴れさせようと、やっきになったのだった。

 案の定、娘は、自分の行っていたジモリの事を話題にし、毎日学校に行っていた人なんて、クラスにひとりしかいなかったよ〜と、明るい顔で言うのだった。

 娘の担任も、学校なんて毎日来るもんじゃないって言ってたよ〜と言うのであったわーい(嬉しい顔)

 (やはり娘は思った以上にはちゃめちゃだったねあせあせ(飛び散る汗)

 俺は俺で、最近ちっとも笑わないけど、お笑いは好きじゃなくなったのかよ〜と聞くのであった。君って、ラーメンズが好きだったじゃないの。なんて、なんとか楽しくさせようとやっきになるのだが、息子はぶすっとしているし、何考えてるのさって聞くと、なんも考えてないとかつまらなそうに言うのであった。

 それで俺はさ、言ったのね。

 ほら、俺んとこに、本が山ほどあるやろ。あれってさ。俺も子供の頃から現実世界がどうにもつまらなくてさ〜。そんで現実逃避で、本を読みだした訳やねえ。物語の中にいる間、もうその世界に夢中になっていて、現実を忘れられたのやど。って言った。

 すると娘は、それって逃げてるだけじゃないのって、つっかかるし、私は今、とっても幸せよ〜と、屈託のない笑顔を見せて言うのであり、最後には私ホームレスになっても幸せかもっと、訳のわからない事まで言うのであった。

 そんでついでに、娘に恋人の印象何ぞを聞くと、かわいいと言うし、あそこはマジヤバイとも言うのであった。なにがヤバイのって聞くと、居心地が良すぎるからヤバイって言う。

 あそこは一週間が限度かも。それ以上いたら、居ついちゃうような気がするって言う。

 この娘は、外面だけはメッチャ良いらしくて、あそこに整体治療を受けにきた恋人の友達知人らから、可愛いの素敵なお嬢さんだの、親御さんの育て方が良かったのだのと、ほめられまくられていたらしく、なんだかすこぶる機嫌が良いのであった。

 そんで、ご飯の後は、スーパーに寄って買い物をしたんだけれど、息子の様子は取り立てて危ない様子もなく、だからようするに、学校がホントにつまらないだけなんだろうなあ〜と思ったのであります。


 そんなこんなで、今日は、「宿屋めぐり」の続きを寝ながら読んでいるけれど、長〜い長〜い物語なので、まだ半文ぐらいしか読んでおらんのやけね。

 しかしだね。俺の人生もこれで、なんだかんだと、いろいろあるものやねえ。

 ずっと現実逃避して生きてきたのに。結局現実から逃げられないんだよね。

 それにこの今の現実がなんか変な現実でさ。占い師で整体の先生で、なんかシャガールの牛のようなオーラのある女先生に会って、その先生の導きで、娘が恋人の家に行って。当のY先生は自分が何を言ったかなんて、完全に忘れているんだからねえ。

 なんなのや〜これって。
ニックネーム ikkou at 19:41| Comment(0) | 日記

2009年01月25日

いろんな事が起こったのであります

 今年に入って、いろんな事になった。

 いろんな事っていうのは、それまで考えてもみなかった事っていう意味なのですが、まず、仕事先が、急に経費削減の為に、休みを増やした。

 年末にあれだけ忙しかったし、今年に入っても、それなりに忙しかったのに、ここにきて、経費削減のために、人件費を削るんだってパンチ

 身体は楽になったけれど、懐は、北風が吹くっていう、お寒い情況になった訳なのですね台風

 なんだか年を追う毎に、貧乏になったいくようで、日本経済の下り坂と同じような歩みだなあと、思うのでありますいい気分(温泉)

 仕事中に、ケイタイが鳴り、出てみると、息子の学校の担任からで、息子が学校を休んでいるとの事。

 ぼくは朝早く、家を出るので、それから息子がどうしているのかなんて、考えてもみなかった。(出る前に、息子の弁当を作っているのに)

 だって、息子は娘と違って、今までずっと真面目な奴で、受験勉強なんかもして、自分の行きたい学校に入った訳だから、なんの問題があるのって、思っていたので、先生からの電話には、驚いてしまったのだ。

 先生の電話の後、すぐに息子のケイタイに電話したけれど、出る訳ないもんね爆弾

 家に帰ってから、息子に事情を聞くと、学校がつまらないとの事。授業がつまらないのはしょうがないけれど、クラスメートも面白い人がいなくって、だから学校に行きたくなくなったと言う。

 じゃどうするの。学校やめて、違う学校に行くかと聞くと、いいよ。我慢して学校行くよ。学校で友達できなくてもいいよと、言う。

 息子は今、中学の友達とバンドを組んで、スタジオを借りたりして、練習している。自分で曲を作って、なんとギターとボーカルを担当しているのだそうだカラオケ

 だから、学校で友達がいなくってもいいよと言う。

 息子の学校は都立で、一応進学校の指定を受けている学校だ。それなりに真面目な学生だった奴が入る学校なのだろう。

 そういう生徒だけが集まる学校が、面白い訳がないじゃんと、ぼくは思うのだよ。ね。

 家は、娘を筆頭に、普通の人がみたら、はちゃめちゃな人間ばかりで、そのなかで息子は比較的に普通っぽかったけれど、それでも普通からかなり違った価値観を持ってしまっているようなのだよね。(かわいそうだけど、しょうがないじゃん。こんな親の子供に生まれちゃったんだからさ)

 真面目だった息子が、ここにきて少し、自分を主張しだした。それは、成長した証しなのだと思う。

 なんでも上から言われた事を、ハイハイとなんの疑問も抱かずに、聞いている奴の方が、異常なんじゃなかなあと、ぼく個人では思うのであります。


 そうして、娘が、なぜか、我が恋人の家に行ったひらめき

 きっかけは整体のY先生の言葉だったのだけれど、それをなにかの機会に、娘に、話すと、娘が行くと言ったのだ。

 ちょっと行ってみるかみたいな、軽いのりでしゃべって、言った事も忘れていたら、就職が決まって、仕事をはじめたら、行く暇がなくなるから、その前に行くよと、娘が言い出し、恋人に電話すると、来てもいいわよと言うので、話しがまとまってしまったのでしたムード

 ちょうどY先生も恋人の家に泊まって、恋人の友達やら知人に整体治療をしに行く日と重なったので、これもなにかの縁だろうと、娘を送り出したのだけれど、娘が帰って来るまで、とても落ち着かない日々を過ごすはめにはなった。(だって、ねえ。ぼくが、亡くなったおかあさんじゃなくて、違う女性を好きになるのを、子供たちはどう思うのか、これは、そうとう厄介な問題だから、伏せておこうと思っていたのに、娘がなんの屈託もなく、その恋人の家に行くって言うんだからさ)

 いる間も、帰ってきてからも、娘がどうだっかを、恋人に根掘り葉掘り聞いたし、娘には、恋人の印象やら、どう思ったかなんて事を、聞いたのだけれど、娘はなんのわだかまりも見せず、おとうさんが安定しているのは、恋人のおかげだと言ってくれるし、恋人は恋人で、娘のことをとても気に入ってくれていて、良かったねえと思ったのでありますわーい(嬉しい顔)
ニックネーム ikkou at 23:14| Comment(4) | 日記

2009年01月06日

オーギョーチ(愛玉子)

 恋人が正月休みにやって来て、東京下町を散策して、美味しいものを食べたいとのたまうので、そんじゃ、JR日暮里駅で降りて、谷中、上野と歩くことにした。
 
 東京の正月は、いつも晴れていて、散歩にはもってこいの天気晴れが続く。

 日暮里駅を降りて、今じゃ通称「ゆうやけダンダン坂」と名前がついた、階段を下ると、そこは谷中銀座商店街なのだった。
  
 この階段は、ぼくが高校一年生の時は、通学で上り下りしていた階段で、その当時は、なんとも殺風景な場所だったのだけれど、それが今じゃ相当に有名な東京名所になっているのには、ちょっと驚いた。

 いつか偶然に(三十年以上前のこと)映画館で見て、ぼくのなかで最高傑作だといまでも思っている「忍ぶ川」という映画に、この階段が出ていて、それ以来、特別な場所として、いつまでも記憶している場所だったけれど、それが、なんとも賑やかな商店が並ぶ場所になっているのには、隔世の感がしたのでしたが…。
 (それでまた他日、ビデオ屋さんに行って、「忍ぶ川」のDVDを借りて見たのだけれど、またまた感動の涙にくれてしまったのでした。主演の加藤剛がいい。それよりもっと、栗原小巻の美しさが、たまらない。可憐で、けなげで黒ハート

 そんな感慨を抱きながらも、谷中の街をてくてく歩き、言問通りに出て、坂を登っていくと、「この当たりに日本で唯一オーギョーチを食べさせてくれる店があるのよ」と恋人がのたまったのであった。
 
 オーギョーチってのは、なんだか全然知らなかったのだけれど、去年偶然にDVDで見た映画『転々』にその幻の食べ物を食べている場面があって、「ありゃなんだ」と恋人に聞いたところ「台湾のお菓子で、日本じゃ、二三の店でしか食べられない幻のお菓子よ」との答えが返ってきたので、それ以来、なんだか気になっていたので、ここにその店があると知って、「ぜひ行って、食べよう」とぼくは言った。

「でも、お正月だから、やってないかも」という恋人の危惧をものともせず、とにかく店だけでも見てみようと、道を急ぐと、店はあっけなく見つかり、しかも開店しているのでした。
 
 「おお〜ここがあの有名な店か」と感動しながら、店に入ると、昭和初期の純喫茶風の店内には、客は誰もいず、店の女主人かと思われる婦人が、熱心に本を読んでいるのでした。
 
 店はこれ

 店内の模様を写したブログを見つけたので、張っておきます。

 なんだか拍子抜けしたような気分がしたのですが、オーギョーチを食べてみなけりゃわからないじゃんと、すぐに注文すると、店の奥にいたおじさんが、あっという間に、レモン色した干天みたいなものを、おぼんにのせて持ってきたのでした。

 おお〜。これがあの幻の愛玉子かと、思いは急いて、スプーンを持つ手も震えながら、口に運ぶと、レモンシロップの味が口いっぱいに広がり、これまた昭和初期を思わせるレトロな味わいぴかぴか(新しい)

 う〜んあせあせ(飛び散る汗)

 その間、客は誰も入ってこず、店の女主人の読書を妨げるものは、なにもなかったのは、良かったのでしょうねえ。たぶんたらーっ(汗)
ニックネーム ikkou at 17:23| Comment(4) | 日記