2008年05月11日

気が狂った。

 連休明けからの仕事は、想像していたよりもっと過酷な労働が、待っていた爆弾爆弾爆弾

 朝五時に起きて、六時過ぎに仕事をはじめ、それからご飯を食べる暇もなく、自宅に帰るのが、夜中の一時を過ぎる爆弾爆弾爆弾

 ようやくご飯に巡り会い、食べて寝るのが二時頃かあせあせ(飛び散る汗)

 朝五時に起きて、翌日もほとんど同じで、帰宅が夜の一時パンチ

 これを三日やったら、精神がおかしくなってきた爆弾爆弾爆弾

 それでもベテランの人には、遠く及ばす、文句をつけられるので、気が狂いそうになった爆弾

 生活する前に、生死の方が心配になってきて、もう止めたと、今朝は仕事に行かなかったパンチ

 生きるギリギリの生活費を稼げばいいやと、腹を決めたパンチ。深夜のコンビニの仕事にでも付こうと、思った。

 ほとんど発狂しそうな情況だった爆弾

 顔面が、痙攣した爆弾

 仕事に向いていないと嫌みを言われた爆弾

 どうしていいのか、分からなくなった爆弾

 ふて寝していたら、向こうから電話が掛かってきた爆弾

 だから辞めますと言った。

 君のやりやすいようにすると、向こうが言ってきた。

 ベテランと同じ仕事量をこなせと言われも、出来ないよとぼくは言った。

 仕事に慣れるまで、ちゃんと配慮するからと、向こうが言ってきたので、それじゃ、来週からまた行きますとぼくは答えた。

 狭い家のなかで、ケイタイで話していたから、子供たちにも聞こえていたようだ。

 娘が、後からケイタイメールを寄越してきた。

 お父さん。次の仕事が見つかるまで、のんびりしたらいいよ。生活費は、私が働いて出すよ。いくら掛かるの』と書いてあった。

 けっこう参ったねもうやだ〜(悲しい顔)

 娘に心配されるのって、ジンとくるもんだねもうやだ〜(悲しい顔)
ニックネーム ikkou at 23:48| Comment(3) | 日記

2008年05月07日

巣鴨 とげぬき地蔵

 巣鴨のとげぬき地蔵尊に行って来た。説明はここ

 都電荒川線に乗り、庚申塚で降りて、ご存じ、巣鴨地蔵通り商店街を冷やかしながら、ぶらぶら歩くと、商店街の真ん中あたりに、高岩寺(とげぬき地蔵)があるのであったわーい(嬉しい顔)

 山門に修行の雲水が、托鉢を持って立っているので、先日行った、永平寺の修行僧を思い出し、托鉢に100円を寄進すると、ありがたいお経を読みながら、肩をやさしくさすり、「お元気で」との励ましの言葉を頂き、なにやら嬉しい気分になったかわいい

 境内に入り、有名な「とげぬき地蔵尊」に向かうと、すでに行列が出来ていて、おばあさんたちが地蔵に水を掛けては、自分が痛いところを、タオルで洗っている。痛いところは、一ヶ所では収まらず、それこそ身体全部が痛いのよと、言いながら、和気あいあいと地蔵の全身を洗い浄めているのであったパンチ

 ぼくも順番がくると、地蔵に水を掛けて、くまなく洗ったが、特に最近は、仕事柄、腰と足が痛いので、そこを念入りに洗ったのであった。

 そのまま商店街を抜けて、JR巣鴨駅まで歩いたけれど、巣鴨の駅からは、おばあさんの団体がわんさかやってくるひらめき

 少子高齢化が言われて久しい日本は、これからも高齢者がドンドンとい増えるのだろう時計

 「とげぬき地蔵」にお参りにくる人は、増える一方だろうねえ〜かわいい
 
ニックネーム ikkou at 21:17| Comment(2) | 日記

2008年05月05日

おはよう

 久しぶりの休みなのに、朝5時には起きてしまう晴れ

 習慣の悲しいさがだねたらーっ(汗)
 

 ゴミを出して、新聞読んで、それから洗濯をした台風

 先月は、仕事中に、奥歯がグラグラして、それから激痛が走ったもうやだ〜(悲しい顔)

 凄い頭痛で、何も考えられなくなった爆弾爆弾爆弾

 指導してくれている先輩に事情を説明して、急いで歯医者に行き、歯を抜いて貰い、そのまま飛んで返って、口の周りを血だらけにして、仕事の続きをしたよパンチ

 人生、何があるか分ったもんじゃないねあせあせ(飛び散る汗)

 顔の贅肉が落ちて、顔がひとまわり小さくなったよかわいい

 お腹も引っ込んだかわいい

 健康体の身体になっていくようだたらーっ(汗)

 ご飯もろくに食べられないからねえいい気分(温泉)

 これじゃ、長生きしそうじゃないのひらめき
ニックネーム ikkou at 07:56| Comment(4) | 日記

2008年04月21日

せつないね

 朝五時に起きて、適当にそのあたりにあるパンとかを食べて、それからまあ、着替えて出かける訳だ車(セダン)

 まだ昨夜の雨小雨が残っている朝の空気は、ひんやりと薄寒い霧

 川沿いの道をずっと走っていると、河原に点在するブルーシートから、もぞもぞと人が動いているのが見えて、その瞬間、生きているのって、ただそれだけで『せつない』よなあと思ってしまう。

 生まれてから死ぬまでの、わずかな時間を、生きとし生きるものは、みんなその生存を賭けて、必死になっている訳だパンチ

 そんな事を思うぼくもまた、生きる為、生活のために、早朝から夜遅くまでの仕事に就いたのだ爆弾

 『せつない』ねえたらーっ(汗)

 前の会社が廃業して、知り合いが仕事を紹介してあげると言って、面接に行ったら、今まで貰っていた給料の半分の給料を提示されて、どう言っていいのか分らなくなったパンチ

 無論断ったけれど、今のぼくの年齢からして、そんなものかも知れないなあと思ったけれど、まだまだ現役で働けるはずだ〜パンチと思い直して、この過酷な肉体労働を選ぶ事にした足

 この年で、また一番下から這い上がるダッシュ(走り出すさま)。生きていくのは、ただそれだけで、『せつない』ねえもうやだ〜(悲しい顔)
ニックネーム ikkou at 21:03| Comment(10) | 日記

2008年04月06日

ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で

 渋谷のシネマライズで『非現実の王国で ヘンリーダーガーの謎』という映画を見てきた映画

 公式ホームページここ

 予告編その他の映像はここ

 母は早くに死去し、妹はどこかに養女として貰われ、父も亡くなり、天涯孤独となったダーガーは施設を逃げ出し、生まれ故郷のシカゴで17才から尼僧や病院の清掃員をしながら、生涯孤独のまま、81才で他界する。

 家主が亡くなった彼の部屋に入ると、そこには何千ページもの物語と、3メートル以上にものぼる数百枚の絵が残されていたexclamation×2

 「非現実の王国としられる地における、ヴィヴィアン・ガールの物語、子供奴隷の反乱に起因するグランデコーアンジェリニアン戦争の嵐の物語」

 ヴィヴィアン・ガールは七人の少女戦士で、人間離れした超能力で、何度もの危機を脱するパンチ

 ダーガーは生涯独身で、引きこもりの男だったから、女性の身体を知らなかったのか、少女たちの裸の絵には、ペニスが描かれているひらめき

 おそらく、見た事もなく失った妹への深い追慕の念によって、ダーガーは少女への偏愛を生涯持ち続けたようだかわいい

 非現実の世界は、現実の世界では決して叶わなかったダーガーの夢を余すところなく実現させる魔法の世界であったのだ。
ニックネーム ikkou at 15:21| Comment(3) | 日記

奇妙な観光旅行 総集編

 昨日、奇妙な観光旅行その2として、福井県大野の七板に行ったことを書いたら、ブログが突然変な具合になってしまったがく〜(落胆した顔)

 今でも4月のブログの更新記録が25とかになっていて、直せないパンチ。記事を書いている途中で、マウスが止まらなくなり、急いで更新したら、同じ記事が無数に画面上に現れたパンチ

 怖くなって、全部削除したが、更新した記録だけは残っているむかっ(怒り)

 七板は、「福井火葬場心中事件」があった場所です。以前にその事をここに書いた。以前の記事はこちら

 おそらくは、そこだと思われる場所に行き、写真を取ってきて、載せたのだけれど、アップ途中で、異変が起こったパンチ。なにか、感じるものがあって、記事にするのをやめたたらーっ(汗)

 とても不思議に思う人影

 大野から勝山にある、知られざる観光スポット、通称「越前大仏」に行く。この大仏の説明はこちら

th_DSC02416.jpg大仏殿に向かう参道は、シャッター通りとなっていて、人の気配さえない。まさに知られざる観光スポットそのままの情景を呈していた。


th_DSC02423.jpg入場料を払ってなかへと進むと、正面に巨大な大仏殿がその偉容を見せる。タクシー王になった多田清氏が湯水のようなお金を使って作らせたことがよく分る。なにせ奈良の大仏殿よりも大きいのだexclamation×2。そうして、やはりここにも誰もいない。見学しているのは、ぼくらだけ目


th_DSC02427.jpg鎮座まします大仏も、奈良の大仏に勝るとも劣らないほどの立派さだし、なんしろ新しくて、ピカピカぴかぴか(新しい)。そうしてここでも見学しているのはぼくらだけという、王様気分ぴかぴか(新しい)と言えば聞こえがいいが、平日で雨が降る遊園地に間違って来てしまったような気分爆弾
なぜか『仏作って魂入れず』という文句を思い出してしまうたらーっ(汗)


 なんとなく、気分が暗くなるのを吹っ切るように、今度は富山高岡の大仏を見に行った。
th_DSC02447.jpg高岡の大仏は、誰も知らないだろうが、日本三大大仏のひとつなのだ〜わーい(嬉しい顔)。奈良の大仏と鎌倉の大仏と、ここ高岡の大仏ねかわいい。普通、奈良と鎌倉の大仏しか見た事ないだろうから、三大大仏を全部見た人は、そんなに多くないんじゃなかろうかわーい(嬉しい顔)。それと越前大仏まで見学したぼくらは、大仏見学の通になったかもしんないひらめき
高岡の大仏は、高岡市民の誇りとなっています。その訳は、市民の寄付によって建てられたからです。古来から寿物産業によって発展してきた高岡市は、その能力を全国に誇るためにこの大仏を作ったのでした。


 そんなあまり知られていない観光スポットを見て回った後は、べっぴんさんAとべっぴんさんKちゃんにまで見送られて帰ってきたのでした。べっぴんさんKちゃんにおみやげまでもらってわーい(嬉しい顔)

 ありがとうございましたかわいいわーい(嬉しい顔)
ニックネーム ikkou at 08:31| Comment(0) | 日記

2008年04月05日

不思議

 なんか、ブログ上で不思議な事が起こった爆弾

 ちょっと怖い爆弾爆弾
ニックネーム ikkou at 16:07| Comment(0) | 日記

2008年04月04日

奇妙な観光旅行その1

DSC02377.JPG東京駅から夜行バスにバスに乗って、金沢駅まで行った。
着いたのは朝7時。そこから連絡しておいたベッピンさんAのクルマ車(セダン)に乗って、福井の永平寺まで走る。夜行バスバスには初めて乗ったかわいい椅子がひとりひとり離れていて、リクライニングシートもすこぶる寝やすかったけれど、なにせバスはずっと走っている訳で、熟睡にはほど遠く、もうろうとしたまま、永平寺まで連れて行って貰う。


DSC02390.JPG永平寺がどんな寺かもよく分らずに、巨木のなかの参道を行き通用門から、寺内にと入る。まずは大広間に通され、若い修行僧の説明を受けて、ここが道元禅師によって開かれた座禅修行の道場だと知らされる。修行僧の説明による道元禅師の教えは、今を懸命に生きる事が、修行なのであり、座禅もまたそのなかのひとつだと言う。行鉢と呼ばれる正式な作法に則った食事もまた修行であり、作務と呼ばれる掃除などの労働もまた修行。今、与えられた事を、一身に行う事、これこそが仏の道というもの。この先どうなるとか、死んだ先がどうなるかなど、その時になったら考えればいい事だとおっしゃる。今を精一杯生ききる事が大事なのだと言う教えに、なぜか深く納得させられ、身が引き締まる思いした。
その教えの後に、寺内の見学に入ったのだけれど、古い木造の建物は、どこを見ても、ピカピカに磨き上げられて、凛とした空気に包まれているのを感じ、またもや身震いがする。この寺は、修行の寺ゆえ、国宝に指定されるような仏像はないと、修行僧はおっしゃったのだけれど、修行僧が毎日掃除しているだろう建物の、ほこりひとつとしてない廊下に佇めば、彼らの気高い精神性が立ち現れる思いがして、人の気高い心こそが、もっともこちらの心を打つものだと、得心するのであった。
山深い自然に囲まれ、その自然に溶け込むように建てられた永平寺は、自然とともに、自然に囲まれて生きる事を大切にする、東洋の思想の美しさに満ちていた。
自然を壊し、堅固な石で作った美しい西洋の町を見ていた眼は、永平寺を見たことで、日本の良さを再確認することになる。
まさに21世紀は、自然との共生を目指さざるを得ないことを人類が知った世紀だろう。東洋の教えが、世界を救う世紀となるだろうことを確信したのでありましたわーい(嬉しい顔)
ニックネーム ikkou at 22:26| Comment(0) | 日記

2008年04月03日

ルネサンス

 4月から仕事に就こうと思っていたけれど、予定通りにはいかなくて、4月もまだプー太郎のまま、迎えることになってしまったたらーっ(汗)

 折しも、本屋を覗くと、塩野七生さんの「ルネサンスとは何であったのか」という文庫本が出ていたので、思わす買ってしまう。

 なにしろ3月に行ったばかりの「フィレンツェ」から話がはじまっているので、身近な出来事として、イタリアルネサンス運動」を理解する事ができて、とても勉強になるのであった。

 さておよそ1200年から1600年に掛けて起こった、ルネサンスとは何であったのか。

 塩野さんはその本質的な問いに、「見たい、知りたい、わかりたいという欲望の爆発が、ルネサンスと名づけられることになる、精神運動の本質」だと答えます。

 その後の、詳細な説明は、本文をじっくりと読んで、各々が理解して下さいわーい(嬉しい顔)

 さて詳細に語ったルネサンス運動が、現代に残した遺産として、まず我々が見ることができる芸術品の数々。
 遺産の第2は、精神の独立に対する強烈な執着。自分の眼で見、自分で考え、自分の言葉ないし手で、表現することによって他者に伝える生き方。
 遺産の第3は、二元論ではなく一元論的な考え方だと言います。
 「善」と「悪」は別々なものではなくて、一個の肉体のなかに宿るもの。従って、悪を押さえ善をより多く発揮させるにはどうしたらいいかが、最重要な課題となる。

 ルネサンス運動は、日本では文芸復興と約されていて、古代の復興を目指したと教わりましたが、それはとりもなおさず、人間を中心に置くことを目指した運動です。
  
 キリスト教の神中心の世界観から、多神教だった古代ギリシャ・ローマの人間中心の世界観への強烈な憧憬が、そこにはあった。

 それはそれとして、ヨーロッパのルネサンス運動を、とても興味深く、学びましたが、21世紀に生きる東洋人であるぼくは、ヨーロッパの人間中心の世界観から、距離を置く考え方を持っているようです。

 そんな事を思いながら、ぼくはなぜか福井に行きましたダッシュ(走り出すさま)

 その奇妙な旅行記は、また後でわーい(嬉しい顔)
ニックネーム ikkou at 22:16| Comment(0) | 日記

2008年03月28日

集団自決と小石川無理心中

 ただ今ぼくは失業中なので、ヒマだわーい(嬉しい顔)。だから息子の卒業式だとか、謝恩会だとか、高校説明会だとかに全部出席したかわいい

 なにしろ保護者は、ぼくだけなもので、仕事をしていたら、行けなかった行事もあっただろうから、このヒマな時期を利用して、息子の為に利用できてよかったと思っている。(息子は迷惑そうだったけれどたらーっ(汗)

 それからようやく重い腰をあげて、職探しをはじめたパンチ。(なんにもしない毎日が続くと、だんだん無気力モードになるもんだねえ〜爆弾

 へらへらしながら生きていたら、(ヒマだから塩野七生さんの「海の都の物語」を再読し、映画化になったので大岡昇平氏の「ながい旅」が角川から文庫本本で出たので、それも読んだ。昔、新潮文庫で出ていたのを買いそびれて、読んでいなかったので)今日の夕刊紙に沖縄の「集団自決」裁判(出版差し止め訴訟)の判決がおりた記事と、小石川の製本業社長による一家無理心中事件の記事が載っていた。

 集団自決の裁判は、戦争中における沖縄県民の集団自決に、軍の関与はなかったと元守備隊長らが訴えていた裁判で、軍の関与はあったと記述した大江健三郎さんの「沖縄ノート」の出版差し止めなどを求めたもの。

 「沖縄ノート」は学生時代の読んだ。大江健三郎さんはその前に「ヒロシマノート」を書いていて、若き戦後民主主義の守護神のような役割を引き受けていたように思う。
 大江さんは、小説では難解な方法とグロテスクなイメージを駆使して、今までの日本の小説の伝統を切断し、世界文学の方にリンクさせる作品を書き続けていたようだけれど、自分は第一次戦後派の後継者だと宣言していました。

 その宣言通り、大江さんは先の大戦での非人間的な行為を、検証し告発する事を、自らの指名だと考えていたようです。

 まさに戦後民主主義の守護神という役を、引き受けた。沖縄ノートでは、集団自決を検証し、旧帝国陸軍の悪をあばき、告発し、戦後もアメリカ軍の基地となった沖縄の苦悩を書いた。

 旧帝国陸軍の沖縄守備隊長らは、集団自決を命令した覚えはないと、訴えた。彼らは、自主的に自決したのだとexclamation

 判決は元隊長らの請求を棄却し、軍の関与を認めた。

 ぼくにはおおいに納得する判決だと思います。確たる命令書がなくても、その時、その状況において、帝国陸軍は民間人の自決を促していただろう事は、その当時の事を書いたものを読めば、納得がいくからです。

 参考になったのは、山本七平さんの『空気の研究』です。

 今でも、空気が読めないだの、読めるだのと話題になっているけれど、これほど曖昧で不確実なのに、その時その場にいた人たちに影響を与えるものはないからです爆弾

 集団自決の横の記事は、小石川で起こった、無理心中爆弾

 経営難になった一家の大黒柱が、家族を皆殺しにして、自分も死のうとした悲惨な事件が、また起こりました。

 今年の2月に足立区の梅島で起こった、無理心中と状況があまりのも似ているので、「またか」とうんざりしたのが正直な感想です。

 社長の江成さんは42歳。結婚のおりでしょうか、奥さんとふたりで写っているカラーの記念写真が、載っていて、奥さんは美人だし、江成さんも若く、凛々しく、おふたりとも笑顔が素敵で、結婚を心から喜んでいるご様子が、胸を打つパンチ

 なんで、こうも簡単に結論を出し、無理心中に走るのかパンチ。なにを恐れるのかパンチ

 どうしてこんなにも脆いのか爆弾

 生きていく方法は、たくさんある。ひとつがダメだからって、全部がダメになった訳じゃない。

 失業中のぼくが言うと、説得力が落ちるかなたらーっ(汗)。だけど、子供も奥さんも、あまりに可哀想じゃないたらーっ(汗)

 ぼくは、いつでも、高田渡の歌が心のなかで歌っているのを聞くのです。

 るんるんきせつ きせつがすど〜りするるんるん

 るんるんいきているまいにち るんるん気がつけばぼくは〜るんるん

 るんるんあの〜 るんるんあのころからの浮浪者るんるん

 心はいつも浮浪者です。だから、生きているだけで見っけものと、思っているのです。
ニックネーム ikkou at 22:01| Comment(4) | 日記